レポート
2019.03.14
「現代音楽」の価値観を転覆させる日本発の音楽体験

坂東祐大とEnsemble FOVEが創り出す「現代音楽」のポップな可能性

「現代音楽」という言葉に何を想像するでしょうか? いまいち良くわからないという方も、あの訳が解らない音楽? とアレルギー反応を起こす方もいるかもしれません。

そんな、ちょっと近寄りがたい雰囲気がある「現代音楽」の世界に一石を投じる団体が! 豊かな発想とポップなセンスで賑わせている坂東祐大とEnsemble FOVE。小室敬幸さんが「現代音楽」が辿ってきた道と、公演レポートを交えながら紹介してくれました。

小室敬幸
小室敬幸 作曲/音楽学

東京音楽大学の作曲専攻を卒業後、同大学院の音楽学研究領域を修了(研究テーマは、マイルス・デイヴィス)。これまでに作曲を池辺晋一郎氏などに師事している。現在は、和洋女子...

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「現代音楽」——その言葉を文字通り受け取るなら、同時代に書かれた音楽すべてを指し示すはず。ところが、音楽之友社『音楽中辞典』を引いてみると、次のように書いてある。

現代の西洋芸術音楽。「現代」の範囲をどう設定するかにもよるが,第二次世界大戦の音楽をさすことも,20世紀の音楽全般をさすこともある。また前衛音楽,無調音楽の意味で使われる場合もある。

つまり現代音楽という言葉は「現代〔の西洋芸術〕音楽」という、〔 〕で括った意味を暗黙のうちに補って理解しなきゃいけないというわけなのだ。この時点で、なんだか素人に優しくない。

実際、コンサートで配られたアンケートでの「普段どんな音楽を聴いていますか?」という設問において「現代音楽」を選んだお客様が、具体例として挙げていたのが「マイケル・ジャクソン」だった……なんて笑い話を聴いたことがある。

いや、そもそもこれは笑い話なのだろうか? これを笑い話として認識している音楽関係者の方が笑われるべきかもしれない。

他ジャンルの刺激で発展してきた、もうひとつの「現代音楽」

頭で〔の西洋芸術〕を補完して読まなければならない「現代音楽」というジャンル。とくにこの分野でメインストリームとして見なされてきた前衛音楽、無調音楽は、やはり暗黙のうちに西洋芸術音楽以外の音楽を排除してきた節がある。そのことを強く主張していたのが、かの作曲家スティーヴ・ライヒ(1936~ )であった。

通常、ミニマル・ミュージック(1960年代にアメリカで生まれた現代音楽ムーブメント、パターン化された音型を繰り返す)の創始者のひとりとして認識されているライヒだが、彼の音楽の源泉には、ジャズ・ミュージシャンのジョン・コルトレーン(1926-1967)の存在がある。

そして近年では、ロックバンドRadioheadの楽曲を素材とした作品を制作するなど、その時代ごとに西洋芸術以外の現代音楽と交流をもってきた。彼の音楽から影響をうけたミニマル・テクノや、ライヒの作品をレコメンドするビョークなど、その繋がりはこれからも益々広がっていくだろう。

スティーブ・ライヒ:《It`s Gonna Rain Part.1》(1964)

前置きが長くなってしまったが、こうした現象は先駆者ライヒだけの話ではない。現代、21世紀ではそれまで閉鎖的だった「現代音楽」が変わりつつあるのだ。

例えば、《ロメオとジュリエット》や《ピーターと狼》の作曲者として有名なロシアの作曲家プロコフィエフ(1891~1953)。彼の孫であるガブリエル・プロコフィエフ(1975~)は、ロンドンで作曲家として活動しながら、自身の楽曲をもDJとしてリミックスしたり、作品内にそうした要素を取り込んだりしている。

あるいは、残念ながら48歳で急逝してしまったヨハン・ヨハンソン(1969~2018)。彼は当初、映画音楽の作曲家として世界的な評価を確立していくが、近年はエレクトロニカとクラシック音楽を結びつけた「ポスト・クラシカル」の代表的アーティストとして注目されていた。

「現代〔の西洋芸術〕音楽」をその狭いフィールドから、字義通りの意味での「現代音楽」という空間と接合する。前述したようなガブリエル・プロコフィエフやヨハン・ヨハンソンによる音楽は、「現代音楽」の意味を拡張すると同時に、旧来の「現代〔の西洋芸術〕音楽」支持者からは評判が芳しくないことも多いというのが現状だ。

しかし、そうした価値観さえも転覆させてしまいそうな作曲家とアンサンブルが存在する。

それが坂東祐大Ensemble FOVEだ。

坂東祐大が創りだすポップでありながら?を残す聴体験

坂東は、東京藝術大学音楽学部作曲科を首席で卒業。「現代〔の西洋芸術〕音楽」の新人作曲家にとっての登竜門、芥川作曲賞を若干24歳で受賞。

まさに「現代〔の西洋芸術〕音楽」のエリートコースを地で行く存在でありながら、別名義では商業分野でも活躍。テレビや映画のための音楽も数多く手がける。その代表作といえるのが、2016年に放送されて大きな人気を博したフィギュアスケートのアニメ『ユーリ!!! on ICE』である。そして、この劇伴でも演奏を務めているのがEnsemble FOVEなのだ。

Ensemble FOVEは、坂東と歳の近い藝大の卒業生を中心に、各楽器でトップクラスの実力をもつ奏者で結成されたスペシャリスト集団。劇伴以外でも彼らの実力を最大限まで引き出す(可能性を追い詰めると言い換えてもいいかもしれない)オリジナルプロジェクトを2018年の4月と11月に実施。それがどれほど面白いものだったのか、簡単にレポートさせていただこう。

演奏者とスピーカーに取り囲まれる空間「TRANS」

まずは2018年11月27日~28日に京都芸術センターで3回公演がおこなわれた「TRANS」。筆者は28日の昼公演に足を運んだ。リハーサルの様子を映した予告映像をご覧いただこう。

TRANS

Ensemble FOVEさんの投稿 2018年11月30日金曜日

その抽象的なサウンドは確かに「現代〔の西洋芸術〕音楽」を連想させるが、響きに陰湿さがなく、垢抜けた雰囲気が伝わってくる。

そして、真っ暗な空間で明滅する照明に、奏者に取り囲まれた音響……グルグルと回るのはカメラの演出だが、実際の会場では奏者が楕円状に配置されており、オーディエンス用の椅子はその円の中と外にランダムに置かれている(※27日の公演では、椅子の配置が異なっていたようだ)。

空間や照明を活用した作品は、過去にも事例はあるが、単刀直入にいえば雰囲気がまったく異なる。音楽でも照明でも刻まれるリズムには、デジタルな感覚が入り込みつつ、各楽器のサウンドはアナログな手触りが強調されていく。

そして、生演奏だけはなく、事前に収録した音声(U-zhaan、青葉市子、石若駿などが参加)がサラウンド配置されたスピーカーによって混合されていくと、どれがこの場で演奏されている音で何が録音なのかが曖昧になっていく瞬間も多数(演奏家に360度囲まれており、すべての奏者を同時に見ることが出来ないため尚更だ)。そうなると「聴覚」はもちろんのこと、オーディエンスは自然と五感すべてを使って、この空間で起こっている何かを感じ取ろうとし始める。

一旦集中してしまうと、驚くほどあっという間の1時間であった。恐るべし、FOVE。

アフタートークでは、ネタバラシとまではいかないが、彼らがどんな思考や過程でこのプロジェクトに取り組んできたかが語られた。とりわけ印象的だったのは主宰の坂東による「エンターテイメント作品にしたいとは全然思っていない。どれだけ強いはてなマークを聴いていただく皆さまに感じていただけるか。消化しきれないところが残る作品を書いていきたい」という発言であった。

発想は遊園地! 「SONAR- FIELD」が再演

「TRANS」に先立つこと8ヶ月前。東京の芝浦で開催された初回のオリジナルプロジェクトが「SONAR- FIELD」だ。なお、このプロジェクトは2019年3月30~31日に再演される。

最大の特徴は、オーディエンスが5人ごと、5分おきに入場していくというコンサートとしては斬新過ぎる構成だ(坂東本人の言葉によれば遊園地の「アトラクション」である)。

「TRANS」と異なり、事前収録の音声はないのだが、この5人ごとのグループが各曲間にルートを辿って移動していくという仕組みになっている。前述したようにテーマパークのアトラクションであり、美術館のインスタレーションであり、そしてコンサートないしはライヴでもある。そんな多義的なイベントになっていた。

実際に演奏される楽曲も、「呼吸」「重力」「泡」「点」など、言葉からのイメージと音のイメージが繋がりやすい題材が選ばれており、抽象的でありながらも難解ではない、という絶妙なバランスを保っている。

なぜ、坂東がこのような音楽をつくるのか? 以前、彼に尊敬する音楽家の名を3人あげてもらったことがある。

・Cornelius(小山田圭吾 ※元フリッパーズ・ギター)
・ディアンジェロ(ネオソウルの代表的ミュージシャン)
・ピエール・ブーレーズ(戦後の「現代〔の西洋芸術〕音楽」を牽引したフランスの作曲家)

こんな作曲家がかつていただろうか? 坂東が生みだす字義通りの「現代音楽」に今後、ますます目が離せない。

公演情報
Ensemble FOVE presents “SONAR-FIELD” 耳が、探し出す。- 仕組まれた発見 –

日時:2019年3月30日 (土) 15:30-16:15 (入場時間) / 18:30-19:30 (入場時間)
31日 (日) 14:00- 14:45 (入場時間) / 18:00-19:00 (入場時間)

完全予約制 : 全チケット入場時間指定 (5分刻み、公演時間約60分)

会場: SHIBAURA HOUSE

主催:  Ensemble FOVE

出演: Ensemble FOVE
上野耕平 [saxophone]
浅原由香 * [oboe]
東紗衣* [clarinet]
中川日出鷹 [bassoon]
大家一将 [percussion]
伊藤亜美 [violin]
對馬佳祐* [violin]
武田桃子* [violin]
安達真理 [viola]
篠崎和紀 [contrabass]
坂東祐大 [composition]
* Guest Artist

制作: 前久保諒

技術: 宮下和也

グラフィックデザイン: 稲葉英樹

アートディレクション: Zu Architects

料金: 前売りのみ 3,500円

チケット :  Confettiにて発売中

SHIBAURAHOUSE 2018年度フレンドシップ・プログラム 採択企画

https://www.fove.tokyo/sonar19

小室敬幸
小室敬幸 作曲/音楽学

東京音楽大学の作曲専攻を卒業後、同大学院の音楽学研究領域を修了(研究テーマは、マイルス・デイヴィス)。これまでに作曲を池辺晋一郎氏などに師事している。現在は、和洋女子...

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