イベント
2018.10.02
高橋彩子の「耳から“観る”舞台」第6回

戦争を舞台に描かれる現代のファンタジー、マシュー・ボーンの『シンデレラ』

妖精のおばあさん、かぼちゃの馬車に、素敵なお城で出会うチャーミングな王子様......。

マシュー・ボーンが振付けた『シンデレラ』に、おとぎ話でお馴染みのこれらは登場しません。シンデレラが恋をするのは空軍のパイロット、お城の代わりに向かうのは、第2次世界大戦時、ロンドンに実在したナイト・クラブ「カフェ・ド・パリ」。
戦争で傷ついた人々のあらゆる感情を描きつくす新しい『シンデレラ』の魅力を高橋彩子さんが読み解きます。

高橋彩子
高橋彩子 舞踊・演劇ライター

早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

©Johan Persson

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人間の本質をえぐり出すマシュー・ボーン

バレエにおいて、チャイコフスキーに次ぐ上演頻度を誇る作曲家がプロコフィエフではないだろうか。なにせ『ロミオとジュリエット』と『シンデレラ』は、どちらも名振付家たちがこぞって腕を振るう演目なのだから。プロコフィエフならではの流麗な音楽から時折顔を出す不穏さや強烈さが、バレエをこの上なくドラマティックかつ現代的なものにする。

そんなプロコフィエフの音楽を、実に効果的に使っているのが、マシュー・ボーンの『シンデレラ』だ。
『白鳥の湖』では男性が演じる白鳥&黒鳥や、英国王室を舞台とするスキャンダラスな設定でセンセーションを巻き起こし(にもかかわらず? 大英帝国勲章ナイトコマンダーを受勲)、ビゼーの『カルメン』をもとにした『ザ・カーマン』では60年代アメリカのガレージダイナーを舞台にセックスと暴力の世界を過激に描いたボーン。美しさ、きらびやかさだけでなく、人間の本質・本性をえぐり出すようなグロテスクさ、滑稽さ、皮肉も、その作品の特徴だ。

マシュー・ボーン(1960-)
©Hugo Glendinning

ロンドン大空襲の中で進行する恋

ボーンの『シンデレラ』の舞台は、第二次世界大戦下のロンドン。冒頭、けたたましいサイレンが鳴り、戦時下の心得を説く、当時のニュース映像が、スクリーンに映し出される。続いて、爆撃を受けて燃える建物の映像とともに流れる、プロコフィエフの序奏。その映像と音楽のマッチングの妙に、観客はまず驚かされるだろう。ボーンは、プロコフィエフがこの曲を第二次世界大戦下で作曲したと知り、戦時中という設定がそぐうことを確信したという。

豪華な屋敷で、車椅子の父、ゴージャスな継母、義理の姉妹や兄弟らと暮らしているシンデレラ。継母が専制君主のように君臨し、シンデレラも父も隅に追いやられている生活は、シンデレラにとって息苦しく辛いものだ。

©Johan Persson

そんな彼女のもとへ、エンジェルの導きで、心身ともに傷を負った英国空軍のパイロットがやってくる。このパイロットこそ、本作におけるシンデレラの恋の相手。2人はしばし心を通わせるが、戦時下の混乱で離れ離れに。ガスマスクをつけた男たちや懐中電灯を持った警官たちが物々しく動き回るロンドン市街を、互いを求めながらさまよう。やがて爆弾が落ちてシンデレラが倒れると、エンジェルは彼女を助け起こして舞踏会へ連れていく。

©Johan Persson
©Johan Persson

さて、舞踏会とは言っても、ボーン版でエンジェルがシンデレラを連れていく場所はお城ではなく、1941年に爆撃を受けた実在のナイトクラブ、カフェ・ド・パリ。戦時下にも関わらず営業を許可されていたこのクラブは爆撃当時、正装した客たちで賑わっていたという。人々が倒れ、まさに爆撃を受けた直後とおぼしきこのナイトクラブを、エンジェルが魔法で蘇らせる。サイレンが鳴り響く中で刹那の歓楽に溺れる人々のダンスは、ボーンの真骨頂。やがて、白いロングドレスに身を包んだシンデレラが現れて正装のパイロットとグラン・ワルツを華麗に踊り、ヘリコプターの轟音が響く中、パイロットの部屋で結ばれる。パ・ド・ドゥとして踊られるのは、その後の官能的なダンスだ。

©Johan Persson

しかし、夢のような時間の終わりは迫っていた。時刻に追われるシンデレラを表した音楽は、ここではいつ命が終わるともわからない戦時下の焦燥感や刹那的な感覚を映し出す。そして時計が12時を示すと、起きたのは空爆。同時に、シンデレラのトラウマになっている心象風景も展開する。辺りは破壊され、2人は再び別れ別れに。

パイロットはシンデレラを求めてロンドン中を探し回り、病院へ。そこで2人は再会。列車に乗って旅立つ――。

傷ついた者たちの再生の物語

もうおわかりだろう。この『シンデレラ』は、いわゆる“シンデレラ・ストーリー”、つまり、不幸な境遇の女性が王子に見初められ、玉の輿に乗って幸せになるお話、ではない。描かれているのは、傷ついた者たちが再生する姿だ。ラストシーンでは、駅を舞台に、悲喜こもごもの人間模様が繰り広げられる。別れ、再会、抱擁……。待ち人が来なかった女性もいる。人々から多くを奪い、人生を大きく変えた戦争。その中で生きた人々の懸命さや勇気。

ロンドンに生まれ育ったボーンにとって、ロンドン大空襲は、祖父母や両親の世代が体験した危機。戦禍からの復興は、そのまま彼自身に繋がる歴史だ。

ちなみに、美術・衣裳のレズ・ブラザーストンもやはりロンドンっ子。舞台では前述のカフェ・ド・パリのほか、地下鉄、テムズ川、パディントン駅……といったロンドンの名所が次々に登場する。往年の名画を彷彿とさせる情景も。幻想美とリアリティが混じり合うその世界は必見だ。

こうした背景も手伝ってのことだろうか。本作は、誰もがよく知る物語であると同時に、どこかパーソナルな温かい空気も流れるものとなっている。おとぎ話とは一味ちがう現代のファンタジーを、ぜひ噛み締めてほしい。

マシュー・ボーンの『シンデレラ』
イベント情報
マシュー・ボーンの『シンデレラ』

【2018年10月3日(水)~10月14日(日)]

会場: 東急シアターオーブ

2時間30分予定(全3幕、途中休憩あり)

スタッフ
演出・振付: マシュー・ボーン
音楽: セルゲイ・プロコフィエフ

出演
シンデレラ: アシュリー・ショー/コーデリア・ブレイスウェイト
ハリー(パイロット): アンドリュー・モナガン/エドウィン・レイ
天使: リアム・ムーア/パリス・フィッツパトリック
継母: マドレーヌ・ブレナン/アンジャリ・メーラ

※公演ごとの配役は、ニュー・アドベンチャーズの意向により、各公演当日の発表となります。公演中止の場合を除き、チケットのお申込み・ご購入後の変更、キャンセル、払い戻しはできませんので、あらかじめご了承ください。

高橋彩子
高橋彩子 舞踊・演劇ライター

早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

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