インタビュー
2018.10.27
神楽坂でもっと身近に! 初めてでも楽しめる伝統芸能の世界

“模様”を描く三味線。鶴澤寛也師匠に伺う女流義太夫と神楽坂の魅力

「女流義太夫」と聞いてピンとくる方は少ないかもしれません。
舞台のうえには女性の語り手(太夫)と三味線の2人、語られるのは義太夫節の名シーン。つまり、人形なしの文楽の女性版といえば解りやすいでしょうか?

東京・神楽坂にお稽古場を構え、神楽坂を舞台にさまざまな伝統芸能が楽しめるイベント「神楽坂まち舞台・大江戸めぐり2018」にもご出演の鶴澤寛也(つるざわ・かんや)師匠に、女流義太夫との出会い、魅力、そして伝統芸能のこれからをお話しいただきました。

取材・文
高橋彩子
取材・文
高橋彩子 舞踊・演劇ライター

早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

photo:Ayumi KAKAMU

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元祖アイドル!? 女流義太夫との出会い

―― 女流義太夫との出会いは、いつ頃だったのでしょうか? 

大学3年生くらいのときだったと思います。大学に入って歌舞伎をよく観るようになったのですが、歌舞伎座に、私が今、所属している“義太夫協会”主催の義太夫教室のチラシが置いてあり、「義太夫の稽古をすると歌舞伎のことがもっとよくわかって楽しくなる」と書かれていたんです。行ってみると、教えてくれる講師の先生のほとんどが女流義太夫の方で。“女義太夫”というものの存在は知っていましたが、歴史上のことだと思っていたので、びっくりしましたね。

―― 女義太夫、娘義太夫は、明治期に一世を風靡し、アイドルのはしりとも言われています。

それが昭和の時代にもまだあるとは思ってもみなかったんです。当時、ベテランのお師匠さんがたくさんいらして芸が素晴らしく、物語も壮大で面白かったので、すっかり女流義太夫が好きになってしまいました。特に、大阪からよく客演に来ていた鶴澤寛八(かんぱち)師匠の芸がすごくて、とてもカッコよかった。師匠から教わりたいばっかりに熱心に通い、大阪まで行っていたら、入門希望と間違えられてしまって(笑)。寛八師匠に入門してこの世界に入り、もう34年になります。

ひと口に三味線といっても...... 義太夫の三味線はコントラバス?

――義太夫の三味線と他の三味線との違いは何でしょうか?

三味線には大きく分けて、太棹(ふとざお)、中棹(ちゅうざお)、細棹(ほそざお)の3種類があります。ヴァイオリン、チェロ、コントラバスの関係と一緒で、細棹は音が高く、中棹、太棹の順に低い音になります。

義太夫三味線は、太棹。民謡三味線や津軽三味線と同じです。そもそも津軽三味線は、仁太坊という人が義太夫三味線をもとに作ったものなんですよ。2004年に『NITABOH 仁太坊―津軽三味線始祖外聞』という仁太坊のアニメ―ション映画が作られた際には、BGMに使う義太夫三味線の音のために、女流義太夫から、鶴澤津賀寿(つがじゅ)さんと私と鶴澤賀寿(かず)さんが演奏で参加しました。棹の太さは同じでも、義太夫の三味線と、民謡や津軽の作りは違うし、義太夫は義太夫、長唄は長唄、常磐津(ときわづ)は常磐津、清元は清元と、それぞれ固有の楽器で、それに応じた駒やバチ、弾き方になっています。

写真上:ヴァイオリンなどの西洋楽器と違って、指の爪側で弦をおさえるとのこと。編集部も挑戦させていただいたが、手が痛くて3分でギブアップ!

写真右:長唄三味線(左)と義太夫三味線(右)。大きさ、棹の太さやバチの形状もまったく違う。

――同じ弦楽器でも西洋の楽器とは違うところが多そうですよね?

糸(弦のこと)が絹糸をよって作られているため伸びやすく、音が狂いやすいうえに、調弦が西洋音階と違うため、昔、三木稔先生の「じょうるり」というオペラでオーケストラと演奏したとき、海外から来た指揮者に「バッドチュ―ニング」と言われてしまいました(笑)。

駒を換えるのも特徴的ですね。駒は1匁(もんめ)5分(ぶ)から4匁まで、1分ずつ違う駒があり、低い調子のときは重い駒、高い時は軽い駒にします。湿気がある日は皮が少しヘタるから、いつもより軽い駒にするなど、そのときの調子、天気、楽器の皮を見て駒を選ぶのも私たちの仕事のうち。曲の中で派手にするためにピッチを上げるときは、太夫さんが詞(ことば=セリフのこと)を語っているうちに三味線を置いて駒を換えます。糸が切れたと思う方がいるんですけど、違うんですよ。長い曲をバンバン弾いていると糸がいたんでくるので途中で糸を繰るのですが、これもやはり同様にお感じになる方が多いようです。

流麗な手さばきで糸と駒を掛ける師匠。
並んだ駒も美しい。

伝統芸能の普及、発展のためにできること

―― 基本的には、一人の太夫と一人の三味線弾きが演奏する義太夫節。一挺の三味線とは思えないほどさまざまな音を出し、情景を浮かび上がらせるのが魅力です。

義太夫の三味線は、楽器単体で発達してきたものではなく、太夫の語りと絡みながら盛り立てていくもの。太夫が花形のピッチャーだとしたら、三味線はキャッチャーのような存在です。ですから一番大事なのは、太夫さんが語りやすい三味線を弾くことなのですが、三味線として大切なのは、今おっしゃったように情景を表現すること。私たちは“模様”と呼びますが、この模様を表すのが、本当に難しいですね。こちらが幾らそのつもりで弾いても、音に出てお客さんに伝わらなければ意味がないですから。

―― 伝統芸能のどの分野も普及・発展のためにさまざまな工夫をしていますが、女流義太夫の今後には、何が必要でしょう?

文楽には人形があるから視覚的にわかりやすいのですが、女流義太夫はもともとは、文楽や歌舞伎の皆が知っている場面だけを聴いていただくもの。いわば、オペラのアリア集ですね。でも、〈ある晴れた日に〉と違って、今「三つ違いの兄さんと」と言われても、わかる方は少なくなってしまいました。奈良の奥の方の山の上に壺坂寺があって……と説明しなければなりませんし、したところでかつてのように目に浮かびはしないでしょう。

義太夫節は、詞(ことば)と地合(じあい=メロディのついた部分)と、その中間の地色(じいろ)を組み合わせてできていますし、一人が複数の人物を声色ではなく息や語り方で表現するので初めは聴き取りにくいんです。なので、ビジュアルの力を借りるのもいいかもしれませんね。女性が人形を遣う“乙女文楽”という舞台があり、私たちは公演ごとに呼んでいただいて演奏しているのですが、そういうものにもっと取り組むのもひとつのやり方だと思います。それから、試みのひとつとして、11月には、上方の舞踊家・山村若静紀(わかしずき)さんと一緒に、女流義太夫と上方舞を紹介する公演を行ないます。

――橋楽亭での「女流義太夫と上方舞」ですね。

これは去年、神戸でやって評判が良かったので、東京でもやろうと自分たちで企画したものです。日本舞踊には当て振り(詞章に描かれた内容を具象的に表す振りのこと)が多いのですが、その中で地唄舞(上方舞のうち地唄を用いる舞)は比較的、能に近く、シンプル。このため、若干わかりにくいということなので、上演前に義太夫と舞のそれぞれの意味を丁寧に解説しながら紹介することにしたんです。『万歳(まんざい)』は少し短くして、演奏と共に若静紀さんに舞ってもらいます。『艷容女舞衣(はですがたおんなまいぎぬ) 酒屋の段』のほうは、初めのほうは義太夫だけお聴かせし、真ん中のクドキ(女性が恋や嫉妬の心情を切々と表す見せ場)の部分を舞とともに観ていただき、最後はまた義太夫だけを聴いていただきます。初めての舞、初めての義太夫にぴったりだと思いますよ。

さまざまな人が楽しめる街、神楽坂

師匠が出演される「本祭 神楽坂楽座〜講釈場」の会場でもある、毘沙門天善國寺の前で。神楽坂でもひと際目立つランドマーク。

――11月は、神楽坂の町を舞台に、無料でさまざまな伝統芸能を楽しむことができる催し、「神楽坂まち舞台・大江戸めぐり2018」にも出演されます。寛也さんのお稽古場も神楽坂にありますが、改めて、神楽坂の魅力をお教えいただけますか。

神楽坂にお稽古場を持って10年近くになります。今もこの辺りは見番(芸者衆の手配や稽古を行なうところ)がある花街でもありますし、華やかなメイン・ストリートがある一方、奥に入るとしっとりした街並みもあります。観光地化してはいるけれど生活に根ざした街で、幅広い年代の方がゆったり暮らしているという印象ですね。美味しいお店もたくさんありますし、音楽之友社もありますし!

「神楽坂まち舞台・大江戸めぐり2018」ではお話をしながら、初めてでも楽しんでいただけるような曲を演奏する予定です。とにかく生で聴いていただきたいので、ぜひお運びください。

神楽坂通りを一本入れば、しっとりとした石畳の小路に料亭や、フレンチレストランが並ぶ。
撮影させて頂いた老舗居酒屋のご主人と「撮らせていただけませんか?」「いいですよ」と、ご近所さんらしいやりとり。
出演情報
女流義太夫と上方舞

開催日時: 2018年11月7日(水) 14時開演(13時半開場)

会場: 橋楽亭 COREDO室町3 3F(東京メトロ銀座線・半蔵門線「三越前」駅直結)

出演:
女流義太夫
竹本越孝(浄瑠璃)
鶴澤寛也(三味線)
上方舞(山村流)
山村若静紀

入場料: 4,000円(全席自由) 定員50名

お問い合わせ: 義太夫協会 03-6265-1880(月~金 10時~17時)
am-giday@gidayu.or.jp

神楽坂まち舞台・大江戸めぐり2018

開催日時:
前夜祭 Eve
2018年11月10日(土)15:00-19:40頃

本祭 Main Festival
2018年11月11日(日)11:30-18:00頃

実施会場:
神楽坂エリア(毘沙門天善國寺、赤城神社、東京神楽坂組合・見番、神楽坂通りエリア内路上、歴史的名所旧跡、THEGLEE、縁香園、離島キッチン、神楽坂モノガタリ ほか)

参加料
無料(「覗いてみようお座敷遊び」のみ有料・要事前申込)

鶴澤寛也さんの出演は、11月11日(日)11:55〜12:10/13:25〜13:40/15:15〜15:30

会場: 毘沙門天善國寺 境内(東京都新宿区神楽坂5-36)

取材・文
高橋彩子
取材・文
高橋彩子 舞踊・演劇ライター

早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

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