バッハの宣伝マン 高野昭夫さんにきく J.S.バッハ作品目録第3版の注目ポイント
このたび、ドイツの出版社からJ.S.バッハの作品目録第3版が出版された。この目録を監修したバッハ資料財団をはじめ、ヨーロッパで「バッハの宣伝マン」として精力的に活動する高野昭夫さんに、注目される研究成果を伺った。
東京生まれ。横浜国立大学卒業後、(株)音楽之友社に入社。その後、(株)東京音楽社で「ショパン」や「アンカリヨン」の編集を担当。現在はフリーランスの音楽ライター/音楽ジ...
3人の世界的な音楽学者が編纂
J.S.バッハの旧バッハ全集が完結したのは1900年で、その後、バッハ没後200年の1950年に向け、その間の50年の研究成果を踏まえてヴォルフガング・シュミーダーが「BWV」という独自のナンバリングを振って整理し直した。
その後の1990年に改訂版が出され、さらに今年(2022年)、さらなる改訂版が完成した。第3版となる。
「1850年以前の調査や資料も見直し、1990年以降の研究成果や発見を取り込んでいます。出版社名は『ブライトコプフ&ヘルテル』で、クリスティーネ・ブランケン、クリストフ・ヴォルフ、ペーター・ヴォルニーという3人の世界的な音楽学者が編纂に携わり、バッハ資料財団が監修を務めました」
自他ともに認める「バッハの宣伝マン」の高野昭夫さんは、バッハ好きが高じて紆余曲折を経ながら、バッハ所縁の地ドイツ・ライプツィヒを本拠としている。
バッハの研究機関として世界的に知られるバッハ資料財団(バッハ・アルヒーフ・ライプツィヒ)、オーケストラや歌劇場の広報担当や音楽アドヴァイザーを務め、ドイツでは「ミスター・バッハ」とも呼ばれているとか。
第3版で注目される研究成果
今回の第3版の出版にあたって、注目される点をいくつか挙げていただいた。
「まずフルート作品。ソナタ第2番BWV1031は、よく知られた《シチリアーノ》が入っている曲です。これはずっとバッハらしくないと言われていたのですが、今回、これまでの研究による作曲年代が間違いで、もっと後の時代の作品であることが分かりました。
また、ソナタ第4番BWV1033は、ソナタではなくパルティータの一部であるとされました。もしかしたら将来、失われた複数の舞曲が発見されて『無伴奏フルートのためのパルティータ』として楽譜が出版されることがあるかもしれませんね」
あの有名曲についても見解が示された。
「一般に『トッカータとフーガ ニ短調』と呼ばれているオルガン作品BWV565。バッハの真作であることを裏付ける資料がいまだ見つからず、バッハ作品だと断定できない、と明言されました」
第3版をいちはやく日本で紹介する理由
今回の第3版もドイツ語で書かれているが、それを日本で紹介するのには大きな目的があったという。
「新バッハ協会の創設に合わせて1904年に始まり、ライプツィヒ市の公式行事を経て、99年からバッハ資料財団が運営しているバッハ音楽祭。今年の目玉がこの第3版なのです。
しかしコロナ禍のせいでライプツィヒに日本の方々が来られないので、私はあえて日本に残って、バッハ音楽祭の期間(6月9日~19日)にいろいろなメディアに向けて紹介しようと思いました。
日本にはバッハ・ファンが多いことを、バッハ資料館はよく認識しているのです。できるだけ多くの方に手にしていただけるように、さまざまな工夫を考えています」
気軽に買える価格ではないが、図書館などだけでなく、音楽を愛する人の集まる喫茶店のような所に置くことも考えている。
日本中にバッハ好きを増やしたい
バッハの宣伝マンは、日本での活動にも力を入れている。日本バッハ協会の会長に加え、高野さんの故郷・富山に設立された富山バッハ管弦楽団の音楽監督も務めている。
「バッハ音楽祭とやま等のイベント、バッハ資料財団日本支部の設立プランと並行して進めてきました。こうした地道な活動を通して、日本中にバッハ好きを増やしたいと思っています」
そんな、心からバッハを愛する高野さんには夢があるという。
「世界に数多く存在するバッハの伝記を洗い直し、わからないところはわからないと明記しつつ、新たな伝記を作りたい。聖人として奉るのではなくバッハの真実に迫りたい。ちょっと調べただけでも、これまで通説とされてきたことが、本当かどうか怪しいことも多いのです」
ドイツ語翻訳をめぐる一大プロジェクト
そのバッハの真実に迫る鍵は、ドイツ語翻訳の問題にあるというのが高野さんの考えだ。
「私は研究者でもなんでもない『聴いて楽しむ人』なので、より言葉の問題に気づいたのかもしれません。
バッハの『カンタータ』の日本語訳が、もとのドイツ語の意味をきちんと反映していないことも多いので、今回の作品目録の3人の編纂者にライプツィヒ大学神学部の人間やルター派の牧師と私を含めたチームで、日本向けの大きなプロジェクトがスタートすることになりました。
聖書は一般的にはラテン語から各国語に翻訳されていますが、バッハの『カンタータ』はヘブライ語からのドイツ語翻訳を使っているので、注意が必要なのです。これは宗教改革で知られるルターによるものなので、分かりやすいドイツ語を使い『みんなで読もう、皆で歌おう』というあり方でした。
バッハの『カンタータ』は音楽による『説教』なので、それもきちんと踏まえたい。キリスト教の教義と深く関わりのあるバッハの『カンタータ』は、研究者の目線だけでは不十分なのです。
また、現代ドイツ語の発音で歌われるのがほとんどですが、バッハはザクセン訛りで書いているので、ナイン(Nein)がネー、イッヒ(Ich)がイッシュというように、発音がかなり違う部分もあるんですよ」
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