レポート
2018.12.28
「レインボウ21」サントリーホール×学生協働プロジェクト

音大生はどう創ったか——サントリーホール・デビューを飾ったコンサート『Paysage~音で感じる森と海~』

先日もご紹介した、サントリーホールと芸術系大学の学生が協働して創るコンサート「レインボウ21」。その際は事前準備の様子をレポートしましたが、このたび、ついに当日を迎えることに……! 2018年11月28日、若い汗と涙が結集した公演の様子を、彼らの奮闘記とともにお伝えします。

取材レポート
小島綾野
取材レポート
小島綾野 音楽ライター

専門は学校音楽教育(音楽科授業、音楽系部活動など)。月刊誌『教育音楽』『バンドジャーナル』などで取材・執筆多数。近著に『音楽の授業で大切なこと』(共著・東洋館出版社)...

写真提供:サントリーホール

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プログラムにも思いがこもる

11月28日。クリスマスが近づき華やかにきらめくサントリーホールは、いつもどおりのソワレを迎えていました。

でも、ブルーローズ(小ホール)の主催者受付に立つのは、若き「プロデューサー」たち。企画会議のときとは違うフォーマルなスーツで、取材陣を案内してくれました。

手渡されたプログラムには、1ページごとに広がる森や海の写真……これは印刷物の制作を担当した学生がこだわったことでした。楽曲解説の文章も、クラシックに詳しくないお客様にも伝わりやすい柔らかな表現や「お楽しみください」「いかがでしょうか」と誘いかける語尾が多用されています。『Paysage~音で感じる森と海~』と題した、癒しがテーマのコンサートで、忙しい毎日に疲れているビジネスパーソンに安らいでほしい……そんなコンセプトがプログラムからも伺えます。

チラシとプログラム。
ゆったりしたページ展開で、曲のイメージを伝えてくれるプログラムノート。

担当した学生は「自分なりに『どのようなフレーズを使うと癒しにつながるのか』を苦労して考えました。文章を細かく見る大切さを学びました」(大波多美友さん)とコメント。その苦悩は、しっかり結果をもたらしたようです!

企画会議にあがっていた「アロマの紙」ももちろん実現し、お客様一人ひとりに手渡されました。「いつも心に音楽を」とメッセージが刻まれたカードから香る、優しい木の匂い……これは確かに、癒し効果抜群です。

裏には「音と香り」と題して、「Rainbow21 Original Aroma」のコンセプトがある。木々、ラベンダーやベルガモットの香りをフィルムに入れて、プログラムとともに配布。

照明や曲間までトータルで演出

そして開演。照明が落ち、温もりある木の音色が聴こえてきます。冒頭は国立音大の学生によるマリンバソロの『Land』(村松崇継)。続いて、上野学園大学の学生のピアノソロで『森の静けさ』(グリーグ)……大都会の只中ということを忘れてしまう癒しの世界は、構成担当の学生たちの思惑どおり。

出演者も学生もしくは卒業生たち。独奏・室内楽の多様な編成15組がストーリーに沿って登場する。写真はマリンバの亀尾洸一さん。
深みのある照明のなか、ボニの《森の情景》を演奏したフルート箕輪美希さん、ホルン小椋陽咲さん、ピアノ立本沙也華さん。

「やっと曲が決まり、最終的な企画書を提出した日のことはよく覚えています。『なぜその曲を選ぶのか』を自分たちの感情と音楽的要素とを照らし合わせて考えるのは難しかったですが、『選曲や曲順が良かった』という感想を聞いてとても嬉しかった」(栄咲季さん)……練りに練った選曲が実を結びました。

舞台転換の折に聴こえてくるのは、鳥のさえずりやさざ波の音……客席の隅に控えた学生たちの、バードコールやオーシャンドラムの生演奏による効果音です。絵本を読み聞かせるように森の中へ誘うナレーションも心地よく、緑や青を多用した照明も相まって、世界観を徹底的につくり上げます。

「頭の中や紙の上で描いていた演出が実際に形になっていく過程、その演出に素晴らしい演奏が重なったときはとても感動し、胸が高鳴りました」(近藤菜月さん)と、担当の学生は手応えをひしひしと感じたよう。

第1部最後の曲目は、ゴーベール《3つの水彩画》の第1曲「明るく晴れた朝に」。
クラースの「ハープ、フルートと弦楽三重奏のための五重奏曲」のように、珍しい編成も見られた。
左:だんだん夜が更けていくような照明になり、スクリャービンの「幻想ソナタ」を市村ひかりさんが演奏。
右:最後はポンセ《お星さま》で締めくくった。

見えないところでも大奮闘!

舞台裏でもたくさんの活躍がありました。さまざまな音大の学生や卒業生が1曲~数曲ずつ演奏するため、出演者は総勢27名! 彼らを導くのが出演者担当の学生たちです。

「演奏者がなるべく良いコンディションで本番に臨めるようケアにあたりました。楽屋メイキング、楽屋から袖までの動線案内……楽屋口がわからないと問い合わせがあれば走って迎えに行ったり、出番間近になっても袖に来ない出演者を探したりしました」(河口裕道さん)。

ステージマネージャーを務めた学生も「『失敗がないようにしなければ』という思いが強く、大きなミスなく無事に終えられたときは達成感に包まれました。『人を動かす』ことの難しさを、この本番を通して感じました」(川島香音さん)と、極限の緊張の中で正確な仕事を全うしました。

その甲斐あって、コンサートはつつがなく進んでいきます。弦楽四重奏あり、ソプラノの独唱あり、フルートとホルンのアンサンブルあり……バラエティ豊かな編成は聴く人に多彩な音楽を提供しますが、それがバラバラに感じないのは「森と海」「癒し」「自然」などのコンセプトが全曲を貫いているから。各々の衣装も青や緑・淡い色が多く、演奏者たちもこのコンサートにこめられた思いを共有していることがわかります。

全15曲の演奏が終わると、出演者全員が登壇してカーテンコール。それを袖や客席後方から見守る学生たちのホッとしたような笑顔にも、惜しみない拍手を贈りたい!

出演者総勢27名が登壇してカーテンコール。

企画がスタートした3月から8か月間の奮闘が、2時間の素晴らしい花を咲かせました。

「ずっと考えてきた企画が形になる喜び、それよりも本当にコンサートが実現するのかと信じられない気持ち」(渡邉朱音さん)、「本番時は特有の疾走感と緊張感が常にありました。一つひとつこなしていくたび、1曲1曲が終わるたびに安堵に包まれました」(近藤菜月さん)と当日の緊張と高揚を語りますが、それは逆に言えば、長い時間とたくさんの手間をかけ、「絶対に成功させたい!」という強い思いで当日を迎えたからこそ。

実際、ここまでにはさまざまな苦労があったようです。

「現実の厳しさや『理想だけでは成り立たない』ということをさまざまな内容で実感したので、今後はより現実性をもちながら理想を突き詰めていこうと思います」(伊藤華子さん)と滲んだ涙を想像させる声も。

また、「企業の名前を背負ってプロジェクトを成功させるという責任感は、どんな仕事に就いても活かせると思います」(谷河礼菜さん)、「資料作成やプレゼンの仕方など、社会人生活で必要となる事務的なことを数多く学べました」(川島香音さん)、「チームで仕事を進める難しさ、うまくチームを回していく工夫や手段をたくさん学びました」(望月春花さん)と、演奏会や音楽に限らず社会人として成長できたという実感もあるようです。

そして、考え方や価値観が変わった……という鮮烈な体験をした学生も。

「今まではなんとなく企画を考えてきたため、指摘を受けても改善策がわからなかったり、指摘をされている原因が理解できなかったりしましたが、コンセプトから一つひとつのことに必然性がなければならないということを実感しました」(梶安由里さん)、「『なぜこの公演が行なわれているのか』『なぜこの演出をしなければならないのか』などと、物事一つひとつに対してそれが存在する理由を考えることを学びました。自分の考え方の手法として大切にしていきたいです」(栄咲季さん)、「自分だけでは考えられない発想もたくさんあり、価値観が広がったと思います」(齊藤瑞さん)と、自分がひと回り進化したことを誇らしげに語ってくれました。

サントリーホールのサポートを受け、ゼロからコンサートをつくり上げるという貴重な機会を経て、より音楽業界や社会全体に羽ばたける人材となった彼ら。「音楽の素晴らしさを広められる職業につきたいです。『敷居が高い』『つまらない』というイメージを払拭し、クラシックを楽しい・面白いと思ってもらえるようにしたい」(渡邉朱音さん)などと、夢や将来のビジョンもますます広がったよう。

彼らがつくる近未来の社会・音楽業界の姿が、今からとても楽しみです!

前回の取材での記念撮影より。
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小島綾野
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小島綾野 音楽ライター

専門は学校音楽教育(音楽科授業、音楽系部活動など)。月刊誌『教育音楽』『バンドジャーナル』などで取材・執筆多数。近著に『音楽の授業で大切なこと』(共著・東洋館出版社)...

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