——2022年だけでも映画4作、ドラマ2作と、本当に数多くの映像作品の音楽を手がけられています。作品の世界観に合った音楽であることはもちろんですが、一方でどこか「富貴さんらしさ」が溢れているように思います。その正体は一体何なのでしょうか。
2023年に音楽を手がけた映画『かがみの孤城』のサウンドトラック
富貴:うれしい言葉です。よく音楽の世界では、「この曲はチャイコフスキーっぽいね」のような、「〜らしい」という表現を使いますよね。私はこの言葉に触れては、「私らしい音楽って何なんだろう」と悩んでいたことがあって……。
でも、あるとき作曲の先生に相談したら、「自分がいいと思った音楽を作り続けていたら、いつか『これは富貴晴美の音楽だね』と言われるときがくる」と言ってくれて。そのときが来たのかもしれません。
いざ言われて考えてみると、私の根底にはロシア音楽があると思います。リムスキー=コルサコフやチャイコフスキーなど、ロシア音楽が大好きなんです。リムスキー=コルサコフの《シェヘラザード》なら、スコアを暗記で書けるくらい読み込みましたね。
だから私の書く旋律には、ロシア音楽に通じるような土臭さがあるのではないかと思います。フランス音楽のような美しさではなく、どっしりと地面に張り付くような、重心の低さがあるのかなと。
——ロシア音楽の持つ土着的なものに惹かれるということは、これまで映画音楽を手がけるたびにフィールドワークをしてきたことと、どこかつながっているような気がしますね。
富貴:確かに、無意識でつながっているのかもしれません。
『マッサン』のときも、スコットランドの音楽を用いるためにケルティックの勉強をしたのですが、毎晩現地のパブを歩き回ったりして、そうしながら知らない世界を知るのは本当に楽しいなと思います。
毎回作品に取りかかるたびに、新しい世界を知られる。一つずつ、違う国や地域の楽器や音楽を知って、自分の音楽に取り入れることができる。世界旅行をしている気分になれます。この仕事の楽しみの一つですね。
——あらゆる映像の音楽を作るときに大切にしているポリシーはありますか?
富貴:やはり映像は、監督や演出によってガラリと雰囲気が変わります。だから監督の頭の中にあるものを想像して、それ以上のものを引き出す音楽を作りたいと思っています。
だから、監督に「こういう音楽のアイデアがあったのか」と思っていただけると、やっぱりうれしいですね。「思った通りの音楽」ではなく、想像していたものを超えていく。そのためにも、脚本をしっかり読み込んでフィールドワークをする。その習慣を大切にしています。