
——今年の審査委員長として、審査においてもっとも大切にされるのはどんな点ですか?
オールソン それはね……今はまだお話しできません(笑)。終わってからお答えしますよ。
実のところ、私の役割はそれほど大きなものではないんです。審査委員長として、必要な場面で審査員たちの代表を務めたり、時には規定に従って何かしらの判断をする場面があるかもしれません。たとえば、第3次予選で、あるピアニストがもう一人より総合点でわずか0.5点高いけれど、「どうしてもこちらのピアニストを次に進めたい」と何人かが感じた場合、そういった話し合いをする機会もあります。でも、私が独断で決めることはできません。何か決議を行なう場合は、審査員の3分の2以上(66%)の賛成が必要です。
だから私は基本的に「まとめ役」として時々スポークスパーソンのような立場で、メディアからの質問に答える機会も他の審査員より多くなるかもしれませんが、それ以外ではそこまで特別な役割があるわけではないんです。規定の作成にも少し関わりましたが、それもごく一部です。
正直なところ、どんな仕事になるのか、まだわからない部分もあって、「そんなに大変じゃないから大丈夫だよ」って言われたんですが……ちょっと心配してます(笑)
——審査員の間で意見がぶつかる場合、どのように折り合いをつけるのでしょうか?
オールソン たとえば私が2015年のショパン・コンクールで審査員を務めたとき、ある候補者について私とは違う意見を持っていた審査員がいて、彼の話を聞いてみたら、彼にもちゃんと納得できる理由があった。こういった“意見の違い”を、私たちは成熟した人間として、きちんと受け入れなければならないんです。それだけのことです。ただ、ときに動揺させるようなことが起きて論争になると、それがピアノコンクールにちょっとした盛り上がりを生むこともありますけれどね(笑)。
今回も10月にどんな演奏を聴くことになるのか、私たちがどう感じるのか、まだわかりません。楽しみにしています。
ひとつ良い点として、ショパンコンクールでは、終わったあとに全審査員の採点が公開され、「この審査員がこの演奏者をどう評価したのか」は明確になります。なぜその点数をつけたのかまではわからないかもしれませんが、「誰が誰をどう評価したか」は、はっきり見えるわけです。ですから、審査員としても逃げ隠れすることはできません。これはとても健全な仕組みだと思いますし、ときにチャレンジングでもありますね。
——ときに、審査結果が聴衆の期待と異なる場合もあると思います。そんなとき、観客はどのような気持ちでその瞬間を受け止め、コンクールを楽しみ続ければいいとお考えですか?
オールソン とても良い質問ですね。たしかに、あるピアニストが次のステージへ進めなかったときに、観客ががっかりしてしまうことはあります。そうやって個人的に思い入れを持ってくださるのは、素敵なことです。
ただ、まずご理解いただきたいのは、審査員たちは皆、それぞれ優れた音楽家であり、それぞれの意見を持っているということです。これまでお話ししてきたように、その意見が食い違うことも当然あるし、個性的なピアニストがすべての審査員に受け入れられるとは限らない場合もあります。それは私のほうから他の審査員についてどうこう言えることではありません。
私自身、自分が出場していた当時に素敵な演奏をしたと思った人に対して、「なぜあの人が次のラウンドに進めなかったんだろう?」と、とても残念に思ったことがありました。他のコンクールで優勝したピアニストの演奏を聴いて「うまいけれど、そこまで特別とは思えない」と感じたこともあります。それを聴衆にどう理解してもらうべきか、私にもわかりません。誤解が生まれることもあるでしょう。聴衆にとっても、若いピアニストにとっても、時にとてもつらいことです。
ここで大事な点をひとつ挙げさせてください。みなさんが配信で聴いている演奏というのは、マイクを通して収録された音ということです。ショパンコンクールでは映像や音響のクオリティは素晴らしいですが、至近距離で録られた音なんですね。
私たち審査員は、2015年のときはホールのバルコニー席に座っていて、ホール全体に響く音を聴いていました。あのホールはピアノソロに適していて、バルコニーはもっとも音響的に良い場所でしょう。だから私たちは、顔の表情のアップなどは見ていませんし、“コンサートホールの離れた席から聴いた音”を体験しているのです。
ですから、配信を聴いている人と私たち審査員とでは、しばしばまったく違う印象になることもあります。私たちが望むのは、「大きなホールでも会場中に演奏を響かせられる」ピアニストなのです。ワルシャワ・フィルハーモニーは客席数が1100ほどですが、NHKホールのような3,000人以上を収容する会場でも、その音楽性が届くかどうか、それが重要です。
私が出場していた当時は、録音はLPであとから出るだけで、生配信などありませんでした。だから今とは受け取り方が大きく異なりますし、誤解が生まれるのも無理はないでしょう。そして、もちろん私たちもいつも100%正しいわけではありません。少なくとも、私はそう思っています。

——今回審査員として、もっとも楽しみにしているのはどんな瞬間でしょうか?
オールソン 私がショパンコンクールで印象的だった演奏について尋ねられたときに、ケイト・リウのノクターンについて話しましたよね。少し誤解を恐れずに言うと、そのとき、彼女とその音楽に“恋をしてしまった”んです。文字通りの意味ではなくて、もちろんプロポーズしたわけでもありませんよ(笑)。
でも、あの瞬間、音楽が私を魔法のようにどこか別の場所へ連れていってくれて、ただただ感動してしまったんです。ほかにも、優勝したチョ・ソンジンをはじめ、ほかにも少し恋をしたような気持ちにさせてくれるピアニストがいました。
「この瞬間が永遠に続いてほしい」そう思えるような感動をくれる演奏。私はそういう瞬間を探しているんです。それは、私が初めてルービンシュタインを聴いたときのような感覚ですし、人生のなかで何度もそういう演奏に出会ってきました。
でも、若いピアニストに「さあ、私に魔法をかけてください」とは言えません(笑)。そういう瞬間が訪れたら、それはとても素晴らしいことなんです。