ジャコモ・マイアベーアの《ユグノー教徒》は、この「聖バルテルミーの大虐殺」を背景にしたグランド・オペラ(歴史大作オペラ)である。
1572年夏のフランス。王妃マルグリットは、新旧教徒の和解のため、サン・ブリ伯爵の娘ヴァランティーヌとユグノー教徒ラウルの結婚を画策する。
実は2人は互いに恋心を抱いていた。だがヴァランティーヌは父の意向でヌヴェール伯爵と婚約しており、伯爵と一緒にいる彼女を見たラウルは、ヴァランティーヌが伯爵の愛人だと誤解してしまう。
ヴァランティーヌはヌヴェール伯爵と結婚式をあげるが、伯爵はユグノー教徒への虐殺命令を拒否して連行される。
ラウルとヴァランティーヌは愛を告白し合い、ヴァランティーヌはラウルに従ってユグノーに改宗。従者マルセルに祝福されて愛を誓うが、押し寄せたカトリック教徒に殺される。その中にはサン・ブリ伯爵もいた。死骸の中に娘を認めた伯爵は呆然と佇む。
新旧両教徒の恋人たちが紆余曲折を経て結ばれるが、虐殺の夜がすべてを打ち砕く。カトリック側の伯爵が騒動の中で娘を殺してしまう結末は、とてもオペラティックだ。
だが、劇中で「虐殺を命じた」とされているカトリーヌが、舞台に現れることはない。
実は、カトリーヌは当初第4幕に登場する予定だったが、検閲によって削られてしまったのだ。代わって虐殺側の親玉に祭り上げられたのが、架空の人物であるサン・ブリ伯爵である。
劇中の「王妃マルグリット」の役割も、史実とはずいぶん違う。マルグリットはカトリーヌの3女で、兄弟とも関係するなど奔放な異性関係で世間を騒がせていた。愛人がいたためにナバラ国王との結婚を拒んでいたが、オペラでは新旧教徒の和解を模索する知的な王妃になっている。まるで、史実のカトリーヌのように。
「黒王妃」は消えた。19世紀のオペラで、歴史上悪名高い王侯がしばしば消されたように*。そしてその娘が、「黒王妃」の名誉回復を担ったのである。
*例えばヴェルディの《リゴレット》では、原作にある実在のフランス国王フランソワ1世の放蕩が批判され、舞台にのせることが禁じられて国や時代の設定が変えられた