「木星」快楽をもたらす者

実質、《惑星》の代表曲。歌詞がつけられ、イングランド国協会の聖歌「我は汝に誓う、我が祖国よ」にもなっています。

木星=ジュピターはローマ神話のユピテル、ギリシア神話のゼウスと呼応します。ユピテルもゼウスも好色な神として描かれることが多いので「快楽をもたらす者」となったのでしょう。木星は太陽系最大の惑星であり、占星術における最高のラッキー・スターです。射手座の支配星なので、実を言うと射手座は「生まれてきただけで丸儲け」な星座なのです。

ホルストの曲は、木星を守護星としてもつ射手座の2つのキャラクターを表現しているようにも思えます。前半では、ハイテンションでイケイケな性格を、後半のアンセムでは、おおらかで寛大な性格を伝えてきます。トロンボーンは射手座の楽器、と私は勝手に決めているのですが、この曲でもトロンボーンは大活躍ですね。金管のフレーズがなんとなく「天の星座っぽい」書かれ方をしているようにも思います。

アイルランドの画家ジェームズ・バリー作『イダ山上のユピテルとユーノー』

「土星」老いをもたらす者

土星=サターン。ローマ神話のサトゥルヌスで、ギリシア神話のクロノスに呼応します。木星が拡大発展を象徴する天体なのに対して、土星は制限や制約を意味する天体なので、ホルストも悲観的に書いています。

時の神クロノスの惑星を支配星としてもつのは山羊座。山羊座は成熟の星座であり、大人になるのが早い星座ですが、「老いをもたらす星」に守られているが故かも知れません。土星は「時は有限である」と伝えてきます。青年老いやすく学成り難し。重々しいサウンドが曇り空のように分厚く重なり、ラスト近くの執拗なゴングは「時間切れ」のサインのようにも聴こえます。ちょっと悪夢のようにも感じられる曲ですが、痛みに強い山羊座には応援歌となってくれそうです。

マニエリスム期イタリアの画家ジョルジョ・ヴァザーリ作『サトゥルヌスとウラーノス』

「天王星」魔術師

デュカス作曲の交響詩《魔法使いの弟子》によく似ていますが、実際ホルストはこの曲に影響を受けて天王星の曲を書いたと言われます。天王星は水瓶座の支配星。怒りと驚きを象徴する「ビックリ星」でもあります。

ギリシア神話の天空神であるウラヌスは果てしなく巨大な身体を持ち、怒りっぽく残酷で、宇宙神ガイアの息子にして夫。12神を儲け、そのうち醜い子どもを幽閉したためにガイアの怒りを買い、男性器を切り落とされてしまいます。このとき流れ出た血から、また新たな神々が生まれたとか……奇想天外な神であることには間違いありません。「フニクリフニクラ」を思わせるところもあり、終わり方も唐突です。雷を思わせるティンパニが、とてもウラヌス的。

ドイツの建築家カール・フリードリッヒ・シンケル作『ウラヌスと踊る星々』

「海王星」神秘主義者

さすがホルスト。占星術の知識がないと、この曲は絶対に書けません。茫洋としてつかみどころがなく、最期に出てくる女声合唱も大変「あの世」的です。ラストの反復記号は「音がなくなるまで繰り返すこと」という指示がついています。

ホルストが《惑星》を作曲した当時、海王星が太陽系の最遠の惑星でした。海王星はローマ神話のネプチューン神(ネプトゥーヌス)、ギリシア神話のポセイドンに当たり、魚座の支配星です。この神の祟りに合うと河川が氾濫し、その土地は水に埋もれてしまったといいます。ケルト神話、ペルシア・インド神話にもネプチューンと同源の神がいて、古来から人々の自然観と深い関わり合いをもっていたことがわかります。魚座のコミュニケーション・スタイルは「境界が消える」こと。距離感がテーマの天秤座とは正反対です。また、年齢でいうと後期高齢者の年齢粋に当たり、すべてを生きたあとの「恍惚の境地」が海王星の時間だとも言われています。エンディングに向かって、天国へのエスカレーターを上っているような気持ちになるのは、そのせいかも知れません。

ヴェルサイユ宮殿の装飾画家ルネ=アントワーヌ・ウアス「ミネルウァとネプトゥーヌスの紛争」

2000年には、ここにホルスト協会の会長であるコリン・マシューズが書きおろした「冥王星・再生をもたらす者」が加わります(天文学的には冥王星は1930年発見され太陽系第9惑星とされていたが、2006年準惑星に降格。しかしながら占星術では膨張・増幅の象意をもつ重要な天体として、冥王星の地位は揺らぐことがない)。

指揮者ケント・ナガノがマシューズに作曲依頼をし、英国ではホルストの曲の後に「冥王星」プラスで演奏される機会も増えているとか。冥王星=プルートは蠍座の支配星です。

知恵によって「太陽系のハーモニー」を描く

ところで、蟹座・獅子座はこれらの曲と関係がないことになってしまいますが、その理由は、蟹座の支配星が月で、獅子座の支配星が太陽だからです。

クラシック音楽は元来、閉じ込められた個体から広い空間に飛翔していくような広がりをもつジャンルだと感じます。ホルストが占星学という「知恵」を得て、広大な宇宙を描こうとしたことは、ごく自然な衝動に思えます。乙女座のホルストにとって、霊感の源はつねに「書物」でした。知が憧れを生み、創造性を増幅し、果てしない宇宙への観想を誘発しました。ホルストの行動規範となる火星も、文字情報と関わりの深い乙女座にあり、神秘の星・海王星(牡牛座)と理想的な配置をとっています。作曲家は惑星のハーモニーとダンスを描きたかったのでしょう。

物理的に、惑星は大変な速さで自転を行なっているため、個々の天体がその大きさと自転周期に沿った「音楽」を奏でています。ただの轟音かも知れませんが……まだ誰も聴いたことはありません。太陽系の天体の「リアルな」ハーモニーを想像するのも、面白いです。

青石ひかり
青石ひかり 西洋占星術研究家

1994年から女性誌・一般誌を中心に占い原稿を寄稿。アーティスト、ミュージシャン、演奏家のホロスコープを診断した連載も『STUDIO VOICE』等カルチャー誌に執筆...