現在のハープは弦が47本張られ、大きな音が出せるように共鳴板も大きくなり、約45キロもある大型家具のような代物なのですが、当時のハープは弦も36本ほどで、現在より少し小型でした。実はこのアントワネットが生きていた時代というのがハープの黄金期と言われており、山手線の内側とほぼ同じ大きさのパリにはハープの先生が58人もいました。
もともとハープは、貴族令嬢が自分の綺麗な手やその巧みな動きを披露するための嗜みとして流行っていましたが、アントワネットがハープを好んで演奏したことから、ハープは貴族の間で更なる人気を博し、1780年には貴族令嬢必須の習い事になっていました(この習慣はしばらく続いたようで、かのナポレオンの妻ジョセフィーヌとその娘もハープを習っていました)。
さて、そこでも当時の貴族たちは、もちろん自分の地位を誇示するのを忘れていませんでした。彼らは自分の階級を誇示できるよう、お金持ちは金を多く使った、より豪華なハープを作らせました。現存しているアントワネットのハープを見ると、当時の最高峰のハープがどういうものだったのかが窺い知れます。
また、ハープにはもう一つ大きな側面がありました。それはなんと、「家具」! 先ほど現代のハープを「大型家具」と揶揄しましたが、この時代はリアル家具の一つだったのです。当時はロココと呼ばれる複雑な曲線を用いた様式が流行しており、そういった曲線が彫刻や家具に多用されていましたが、ハープの曲線はまさにこのロココの芸術と合致したのです。このことも相まり、フランス革命ではハープは平民たちの目の敵にされ、多く壊されてしまったそうです。
幸運にもフランス革命を生き残ったアントワネットのハープの一つ
余談ですが、このナーデルマンの息子フランソワ=ジョセフ・ナーデルマン(1773?〜1835)が書いた「7つの進捗的なソナタ」は現代のハーピストの必須学習曲で、当時のサロンでのハープの面影が感じられます。
フランソワ=ジョセフ・ナーデルマン:7つの進捗的なソナタ
「あまりハープの曲は知らない……」という方でも、モーツァルトの「フルートとハープのための協奏曲」はご存知という方も多いのではないでしょうか? この曲は、アントワネットのお気に入りの一人、ド・ギーヌ公というアマチュアのフルート奏者が、同じくアマチュアのハープ奏者であった娘マリー=アドリエンヌと演奏するようにモーツァルトに委嘱をしたことから誕生しました。
アントワネットを発端としてここまでハープが流行っていなかったら、もしかしたらド・ギーヌ公は娘にハープを習わせることもなく、「フルート協奏曲」になっていた可能性もあります。ちなみにこのマリー=アドリエンヌはハープの演奏に非常に長けていただけでなく、頭も良かったようで、200もの曲を暗譜で弾けたそうです。
モーツァルト:フルートとハープのための協奏曲
アントワネットは、処刑される少し前にはタンプル塔というところに幽閉されていましたが、ここでは中庭の散歩も許され、美味しい食事までついており、それほど不便のない生活を送っていました。そのときにはハープを持ち込み、毎日弾いていたそうです。
その後、処刑の直前にはコンシェルジュリという折り畳み式鉄製ベッド、藁の椅子、布団、洗面器のみがある石造の監房で過ごしました。ある日、どこからかハープの音色が聴こえてきましたが、それは彼女のこの薄暗い独房の窓を修理した職人の娘がどこかで奏でる音でした。華やかな宮廷で聴き慣れたハープの音を、最後はこの独房で聴いたのです。
日時: 2023年6月29日(木)13:30開演
会場: 浜離宮朝日ホール
出演: 伊藤悠貴(チェロ)、中村 愛(ハープ)
曲目: J.S.バッハ/無伴奏チェロ組曲第1番 BWV1007 (チェロ独奏)、F.シューベルト/セレナーデ D957-4(歌曲集『白鳥の歌』より第4番)(ハープ独奏)、R.シューマン/3つのロマンス Op.94、P.チャイコフスキー/花のワルツ Op.71a(バレエ音楽『くるみ割り人形』より)
S.ラフマニノフ/前奏曲《鐘》 Op.3-2(ハープ独奏)、曳舟人夫の歌、作品番号付きの歌曲集より「ああ、私の畑よ」Op.4-5 、「睡蓮」Op.8-1 、「小島」Op.14-2 、「リラの花」Op.21-5、「キリストは蘇り給いぬ」Op.26-6 、「ヴォカリーズ」Op.34-14 、「雛菊」Op.38-3、交響曲第2番より第3楽章「アダージョ」Op.27
料金: 5000円(全席指定)
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