ヘミングウェイが通った「クロズリー・デ・リラ」と「ル・セレクト」

「ロトンド」はモンパルナス大通り105番地、「ドーム」は向いの108番地。通りを直進して高速地下鉄RERのポール・ロワイヤル駅方面に向かうと、左手に緑の生い茂った「クロズリー・デ・リラ」が見えてきます。このカフェこそ、1924年に作家をめざして界隈のノートルダム・デ・シャン街に住みはじめたヘミングウェイが、執筆するために毎日のように通っていた場所です。

クロズリー・デ・リラ

冬は室内があたたかで、春と秋は、ネイ将軍の像のある方の側では木陰にテーブルを並べ、ブールヴァール沿いには大きな日除けの下に、四角い、揃いのテーブルをおき、外にいると快適だった(中略)。ドームやロトンドなどのカフェから出てくる人びとは、決してリラへはやってこなかった。当時は、多くの人がブールヴァール・モンパルナスやブールヴァール・ラスパイユの角のカフェへ、皆に顔を見られに行くのだった。

移動祝祭日』

ヘミングウェイにとってのカフェは仕事場であり、社交場や顔を売る場ではなかったようです。

当時、米ドルがフランに対して大変高く、多くのアメリカ人がパリにやってきました。『移動祝祭日』には、『華麗なるギャツビー』で知られるフィッツジェラルドが「クロズリー・デ・リラ」でヘミングウェイと創作論を戦わせるシーンも書かれています。

ヘミングウェイが通ったカフェにはこのほか、メトロのヴァヴァン駅近くのモンパルナス大通り99番に1923年創業の「ル・セレクト」があります。現在のランチ・メニューは3種類から選べる前菜とメイン、デザート。ここに、グラスワインかミネラル・ウォーター、コーヒーがついて27ユーロ。1920年代のパリとは反対に1ユーロが170円の時代ですから、ちょっとお高いですね。

ル・セレクト

私がモンパルナス界隈を巡った日はちょうどお天気がよく、どのカフェのテラス席にも多くの人が座っていました。食べて飲んで議論を戦わせて……。改めて100年の時を超えてなお息づくパリの文化に触れた思いがしました。

青柳いづみこ
青柳いづみこ ピアニスト・文筆家

安川加壽子、ピエール・バルビゼの各氏に師事。フランス国立マルセイユ音楽院首席卒業、東京藝術大学大学院博士課程修了。武満徹・矢代秋雄・八村義夫作品を集めた『残酷なやさし...