悪魔は第7変奏ではじめて登場し、第8~10変奏で力を増していく。第11変奏で雰囲気ががらりと変わり、ここからが「愛の領域」となる。第12変奏ではじめて登場する女性は、第13変奏でパガニーニと対話し、この女性とのエピソードが第18変奏まで続く。

第19変奏はヴァイオリンをもったパガニーニだ。ピアノがヴァイオリンのピッツィカートを模倣する。これは「悪魔的ピッツィカートによるパガニーニの勝利」らしい。続く第21~22変奏について、ラフマニノフは、「悪魔を表すほかの登場人物たちが、その女性やパガニーニの芸術をめぐって争うのをカリカチュアとして描いてもいいと思います」と書いた。そして、第23変奏の最初の12小節において、パガニーニはついに挫折し、悪魔が勝利する。悪魔は凱歌を上げる。

ラフマニノフ:《パガニーニの主題による狂詩曲》

たしかにこの筋書きはよくできて、曲の各変奏にぴったり合っている。カプリースの主題の開始は「ラドシラ」、「怒りの日」は「ドシドラ」で、いわば兄弟のような関係だから、これらをパガニーニと悪魔に見立てるのはなるほどと思うし、ひらりと消えるような曲の終わり方も悪魔っぽい。フォーキンはこの筋書きにいくらか手を加えて、幻想的バレエ《パガニーニ》(全3幕)として、1939年6月30日にロンドンで初演した。

さて、これはあくまでも「パガニーニ狂詩曲をバレエにするなら」という条件で、ラフマニノフが提案した筋書きであり、別にこの曲がこういう物語を表現していると言っているわけではない。……はずなのだが、後付けにしてはどうもできすぎている。もしかしてラフマニノフは、最初からこういう物語を念頭において、《狂詩曲》を作曲したのではないだろうか。

ピアノ・ソナタ第1番にもストーリーがあった!?

ここで気になる作品がひとつある。ラフマニノフが1908年に書いたピアノ・ソナタ第1番作品28だ。このソナタに標題はないのだが、ラフマニノフはこの曲が、ゲーテの『ファウスト』をプログラムに持つ音楽であることを数人の友人に明かしていて、一時はそれを公開することも検討していた。ソナタは3つの楽章を持ち、リストの《ファウスト交響曲》と同じく、各楽章がファウスト、グレートヒェン、メフィストフェレスを表す予定だったらしい。

ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第1番作品28

ラフマニノフが《狂詩曲》のバレエのために書いた筋書きも、主人公と悪魔、そして女性が登場する話で、『ファウスト』とよく似ている。そして、ソナタにおいて悪魔メフィストフェレスを表す第3楽章には、まさに「怒りの日」の主題が登場する。偶然とは思えないほどよく似ている。もともと筋書きのある音楽として作曲したソナタを、最終的に筋書きを外して発表したなら、《狂詩曲》で同じことをやっていた可能性もあるだろう。

ドラクロワによるフランス語版『ファウスト』の挿絵よりメフィストフェレス

考えてみれば、フォーキンからバレエの話を持ちかけられたとき、《狂詩曲》を提案したのはラフマニノフのほうだった。しかも、あまり乗り気ではなく、他の案を出してきたフォーキンに、ラフマニノフは再度、《狂詩曲》を強く推し、自ら筋書きを提示した。

フォーキンに言われて何かバレエに適した曲はないかと探した結果《狂詩曲》に思い当たり、新しく筋書きを考えたという可能性もなくはないだろうが、それならむしろ、最初からこの曲には物語があったと考えるほうが自然ではないだろうか。もちろん、聴く側がそれを知ってそう思って聴くべきかどうかはまったく別の話だが。

参考文献
『ラフマニノフ 生涯、作品、録音』
マックス・ハリソン著 森松皓子訳、音楽之友社、2016年
増田良介
増田良介 音楽評論家

ショスタコーヴィチをはじめとするロシア・ソ連音楽、マーラーなどの後期ロマン派音楽を中心に、『レコード芸術』『CDジャーナル』『音楽現代』誌、京都市交響楽団などの演奏会...