——パリ留学時代は、美術館によく通ったとおっしゃっていました。美術が作曲家の音楽に影響を与えることはよくありますが、その頃の経験は、今の音楽表現に生かされていますか?
S.C 無意識のうちに、生かされている部分はあるかもしれません。
実は最近、音楽と人の経験の関係について考えています。例えば、シューベルトは31歳で世を去り、正式に女性と恋愛関係を持った経験がなかったとされています。それでも彼の音楽には、愛と人間らしさが満ちており、痛みや幸福が表現されています。もちろん、記録に残っていないだけで、シューベルトも誰かを強く愛し、愛されていたかもしれません。
それを考えると、私は混乱しました。彼が本当の愛の経験なしに、どうやってこれほどまでに、人々が愛の感情を抱くような美しい音楽を作ることができたのかと。それもあって最近、音楽を生み出すうえで経験は本当に不可欠なのかを考えるようになりました。
ピアニストにはさまざまな人生経験が必要で、それによって音楽が深みを増すのは確かですが、すべてを実際に経験しなければならないわけではありません。「この音楽は、誰かを深く愛した経験なしには理解できない」と決めつけるのは間違っていると思います。もちろん、経験なしに、想像力や文学の影響だけであれほどの音楽を生み出すには、シューベルトのような並外れた天才でなければならないのでしょうけれど。
音楽というものは、説明が難しい芸術です。だからこそ、あらゆる芸術の中でももっとも特別で、偉大なものとされているのではないでしょうか。