――業界における“パワハラ”という点では、かつて監督自身にも『イン・ザ・ベッドルーム』で長編デビューされた際に、作品の権利を獲得したミラマックス社を仕切っていた悪名高いハーヴェイ・ワインスタインの魔の手(作品を彼の思い通りに編集されたりすること)が迫っていたとか?
T.F 当時、彼が何をするかはある程度予想ができて、幸いにもトム・クルーズらのアドヴァイスを得て事なきを得ました。ただ、あのことが直接この『TAR/ター』にインスピレーションを与えたわけではありません。私もこの業界に40年いますが、彼のような人物は皆さんがご存じない方で他にもたくさんいますから。
――架空のクラシック業界の話にもできたのに、実在の指揮者の名前がたくさん登場したり、マーラーの交響曲第5番をドイツ・グラモフォンに録音して、バーンスタインが成し遂げたのと同じような「マーラー交響曲全集」を完成させる予定とか、今回の映画サントラ盤が往年のクラウディオ・アバドのような佇まいのリディア・ターをあしらった、まるで本当にリリースされた新譜かと見紛うようなパッケージになっていたり。クラシック·ファンの心をくすぐる“萌え”ポイントが随所に散りばめられていたのも最高でした!
T.F 日本の皆さんに馴染みのある「Bunkamura」という単語も出てきますよ(笑)。やはりクラシックの世界は「~コンクールで優勝」とか「~に師事」のように具体的な肩書きが大切だと思ったからです。フィクションのネーミングをすると、そのわかりやすい流れが見えなくなってしまうことを恐れました。
――劇中でリディアが「白人男性で家父長的なバッハは好きじゃない」と主張する学生を「音楽の価値にジェンダーも人種も関係ない」とかなりコテンパンに論破する場面が強烈で印象的でした。
これは拡大解釈するならば、たとえ“パワハラの暴君”であっても、その人の生み出すものが素晴らしければそこには紛れもなく価値がある、つまり、優れた芸術を“政治的な正しさ”によってジャッジするべきではないということのようにも思えたのですが……。
T.F 果たして、芸術作品と芸術家を分けて考えることができるのか、音楽を聴くときにその背景にあるもの、作曲家や演奏家の人となりや思想は関係ないのか、私にも答えを出すことはできません。
私に言えることは、それでも偉大なバッハがいなかったら今この世界はなかっただろうし、それでも私は今日もバッハの音楽を聴く……ただそれだけです。
監督·脚本·製作: トッド·フィールド『イン·ザ·ベッドルーム』『リトル·チルドレン』
出演: ケイト·ブランシェット『ブルージャスミン』、ニーナ·ホス『あの日のように抱きしめて』、マーク·ストロング『キングスマン』、ジュリアン·グローヴァ―『インディー·ジョーンズ/最後の聖戦』
音楽: ヒドゥル·グドナドッティル 『ジョーカー』(アカデミー賞作曲賞受賞)
原題: TÀR/アメリカ/2022年 © 2022 FOCUS FEATURES LLC.
配給:ギャガ
5月12日(金)TOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー