私にとって重要なのは、このオペラの音楽が聴衆の心に直接届くこと

タン・ドゥン 次に重要なのが旋律です。旋律を生み出す技、歌を作り出す技――それこそがオペラを作曲することの本来の目的です。誰でも歌え、誰の口からでも生まれてくるような旋律が重要であるがゆえに、私は歌いやすくすることに集中しました。

しかし、この種の「歌いやすさ」を実現することこそが、実はもっとも難しいのです。オーガニック・ミュージック、東洋の儀礼的要素、そして歌の伝統――古代日本やチベットの僧侶たちの歌、中国詩の吟誦様式、能・狂言・京劇での言葉の語り方、初期イタリア・オペラからプッチーニに至るまでの歌唱伝統――これらすべてを、身体から自然に湧き出す振動としてのメロディーの線へと変容させなければなりませんでした。

美しい旋律は、時代、国、場所を問わず、誰の心にも訴えかけるものだと信じているからです。その意味でこのオペラは、前衛でも伝統的でもなく、西洋でも東洋でもなく、革命的でも保守的でもありません。そのような概念や考え方はまったく重要ではないのです。私にとって重要だったのは、このオペラの音楽が聴衆の心に直接届くということでした。

人は変わり、文化も変わります。しかし茶は常に茶です。茶は国境を越えて人類をつなぐ文化です。そしてこのオペラが最終的に行なうことは、茶を鏡として、世界が自分自身を、お互いを、そしてすべての人類の共通の起源と最終的な故郷への帰還を見ることを可能にすることなのです。

争いの犠牲となった娘・蘭の死を悲しむ父・皇帝

シャーウッド・フーが語る、サントリーホールのための「儀式的」な演出

こちらは演出家のシャーウッド・フーへのメール・インタビューの内容である。映画監督としての経験を活かしつつ、スペクタクルな儀式性を強調したスリリングな舞台が期待できそうだ。

シャーウッド・フー Sherwood Hu, Stage Director

「中国から登場したもっとも刺激的でダイナミックな演出家の一人」(『ハリウッド・リポーター』誌)。ニューヨークのパブリック・シアターにてジョセフ・パップのもとで舞台演出を学ぶ。映画監督としては、初の長編映画『蘭陵王』が中国古代神話を題材とした叙事詩的作品として数々の賞を受賞。その他、代表作に『喜瑪拉雅王子(ヒマラヤ王子)』『上海キング』など。2010年には上海万博の上海館総合クリエイターを務めた。舞台演出においても幅広く活躍し、代表作には、新作京劇『新龍門客棧』、影絵と映像を融合させた『マジック・パペッツ』、タン・ドゥン作曲のオペラ『TEA』などがある。新作影絵芝居『九色の鹿』は、第25回セルビア国際芸術祭にて最優秀作品賞受賞。最新のプロジェクトでは映像と交響曲を融合させた『女神』、そして26年には『旧円明園 馬首』の上演を予定している。また、フランシス・F・コッポラ制作映画『Lani Loa-The Passage』の初中国人監督でもある。上海交通大学教授
撮影:各務あゆみ

――記者懇親会ではサントリーホールをギリシャの古代劇場のように円形に使いたい、タン・ドゥンには指揮者だけではなくシャーマンとしての役割を演じてほしい、舞台上の人々には白い服を着せて映像をそこに投影するという話がありましたね。その後アイディアはどう発展しましたか?

シャーウッド・フー 昨今の演劇作品のほとんどは、1618年にイタリアのパルマに建てられたテアトロ・ファルネーゼを最初期の一つとするプロセニアム式劇場*で上演されています。しかし私は、サントリーホールの空間をそのまま使いたいと思っています。

*プロセニアム式劇場:客席から見て、舞台が「額縁」で区切られた形式の劇場のこと

観客はアリーナ舞台を四方から取り囲む形で座り、古代において演劇的な出来事がすべて神々に捧げられていたギリシャ劇場の環境を想起させるものとなります。

タン・ドゥンと話し合い、私たちは『TEA』が儀式的な上演であると確信しています。したがって、音楽家を含むすべての演者が、この特別な儀式的事象に臨む存在として――茶、愛、生命、信仰を祝うために――集います。タン・ドゥンは指揮者であると同時に、その夜の儀礼の主宰者でもあります。舞台上のすべての人と映像が、この儀式的上演の一部となるのです。

サントリーホールを下見するタン・ドゥンとシャーウッド・フー ©サントリーホール

――京都と長安という二つの都市が出てきます。日本と中国の文化の違いをどのように表現しますか。

シャーウッド・フー 劇場とは象徴的な空間です。私は京都も長安も再現しようとは思っていません。そのかわりに、登場人物たちの心の状態に焦点を当て、観客が物語と登場人物の旅を私たちの表現の中でたどっていけるようにしたいのです。

――最近は世界中のオペラ上演で、映像の最新技術が競うように使われています。あなたが映像を扱う際の基本的な考え方をお教えください。

シャーウッド・フー 私は演出家であるだけでなく映画監督でもあります。すべてのテクノロジーは、正しい目的のために機能してこそ良いものだと信じています。演劇と映画は、美学、テーマ分析、人物描写など多くの点で共通していますが、異なるメディアです。しかし監督として私はつねに自分に言い聞かせています――演劇は演劇、映画は映画と。

映画の魅力は、象を蟻にし、蟻を象にすることができること。演劇の魅力は、常に観客と「対面」していることです。それが本質です。芸術は純粋であろうとします。それは容易ではありませんが、力強い。

――茶を味わうということについて、あなたがこのオペラからもっとも学んだことは?

シャーウッド・フー 来るものを受け入れるために、命を敬わなければならないということ。そして私たちの周囲にある小さなものすべてに感謝することです。時として、自分がどこにいるかは重要でなく、むしろ自分がどこを向いているかの方が重要です。

タン・ドゥンの初めてのオペラ(1989年)以来、二人は長い間一緒に仕事をしてきたという。二人が尊敬する武満徹と黒澤明の関係に近いかもしれない、とタン・ドゥンは記者懇談会で語っていた
撮影:各務あゆみ

ホール・オペラ® タン・ドゥン:『TEA ~茶は魂の鏡~』予告動画(2023年上海公演ダイジェスト)

取材を終えて

十数年前、タン・ドゥンの楽屋で、少しの時間だがインタビューしたときのことは忘れられない。

「お待たせしてすみません」と言いながら、楽屋の備え付けの急須で、自らお茶を淹れてくれたのである。

ティーバッグだったにもかかわらず、その淹れ方がとても丁寧だったので、「そうだ、お茶を淹れるということは心の表現であり、歓迎の気持ちであり、ゆっくりとした時間を持とうという儀式なのだ」と思い当たった。

まず話をする前に、一杯のお茶を――。

そんな誠実な気持ちが伝わるお茶だからうれしかったし、実際とても甘くおいしく感じた。

 

今回のメール・インタビューでは、タン・ドゥンがどれほどお茶にまつわるすべての事柄を大切に思っているかが伝わって来たし、その思いがいかにオペラへと結実しているかを改めて知ることができた。

『TEA ~茶は魂の鏡~』の中では第2幕の愛の場面が私は大好きである。

『トリスタンとイゾルデ』が夜の世界の熱狂的な愛だとすれば、『TEA』は知的な探求と甘い官能が一致する、共に高めあう愛である。それは茶の感覚なのだ。

林田直樹

公演情報
ホール・オペラ®   タン・ドゥン:『TEA ~茶は魂の鏡~』

サントリーホール開館40周年記念

日時: 2026年7月3日(金) 19:00開演・4日(土)17:00開演

予定上演時間:約2時間15分(休憩1回)

会場:サントリーホール 大ホール

出演&クリエイティブ 

指揮:タン・ドゥン
演出:シャーウッド・フー

聖嚮(日本の高僧):マーテー・ヘルツェグ(バリトン)
蘭(唐の皇女):ルーシー・フィッツ・ギボン(ソプラノ)
唐の皇子:石井基幾(テノール)
唐の皇帝:アポロ・ウォン(バス)
陸(陸羽の娘):イン・デン(メゾ・ソプラノ)
僧侶たち:新国立劇場合唱団

3人の打楽器奏者:チェンチュー・ロン/稲野珠緒/神田佳子
東京フィルハーモニー交響楽団

曲目
タン・ドゥン:オペラ『TEA ~茶は魂の鏡~』(全3幕・日本語&英語字幕付)

台本:タン・ドゥン、シュ・イン

料金:S席 24,000円 A席 18,000円 B席 12,000円 U25席 3,000円
※U25席は字幕が見えない可能性があります。サントリーホールチケットセンター(WEB・電話・窓口)のみ取り扱い。25歳以下、来場時に身分証提示要。お一人様1枚限り

 

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