——今度は西江さんにお伺いしたいのですが、ピアノと弦楽四重奏を組み合わせたクインテットのために、シューマンやドヴォルザークをはじめ、多くの作曲家が素晴らしい作品を残していますよね。そうしたクラシックのクインテットと、上原さんのクインテットを比べたとき、違いや特徴はありましたか?
西江 おかしいかもしれないですけど、僕自身はあまりジャンルを分けて考えていないんです。もちろんジャズをはじめ、クラシック以外の音楽も家で普通に聴きますしね。そもそもクラシックでやるピアノ五重奏と今回のピアノ五重奏——比べても意味がないというか、どっちでもないんですよね。クラシックの基礎ももちろんありますが、ミニマル・ミュージック的な要素もあるし、選んでいる調性や、テーマの扱いもただの思い付きとは思いません。とってもジャズっぽいとも思わないし、とてもクラシックっぽいとも思いませんでした。特有というか、そういう意味で新しいのかな?
ステージ上の楽器の並びでいうと、一番下手(しもて/※客席からみて舞台の左側)にピアノがあって、そこから上手(かみて)にむかって弦楽器がヴァイオリンから順に横並び。チェロがウォーキング・ベースの役割も担うところもあり、いわゆるピアノ五重奏とは聞こえ方やバランスも含めまったく異なりました。ジャズの曲の構成やリズム・パターン、クラシックでの簡潔さ、ときにオルガンの倍音的要素も取り入れて、まるでちょっとしたオーケストラですね。
——確かにおっしゃる通りで、今回のアルバムに限らず上原さんの楽曲は、最初に提示されるテーマの時点でジャズっぽくないものが結構多いですよね。
西江 ひろみさんは「ピアニストの上原ひろみです」って自己紹介されますけど、「ジャズピアニストの上原ひろみです」とは絶対言わないですよね。少なくとも僕は聞いたことない。
上原 ジャンルって、本当に考えたことがないんです。
——では、敢えてお伺いするのですが、ジャンルを意識されないという上原さんにとって、「ジャズ」ってなんなのですか?
上原 ジャズという音楽に必ず含まれる要素は、インプロビゼーション(即興演奏)ですね。凄く刹那的というか、スクラップ・アンド・ビルドで、次の日に同じ曲を弾いても、絶対に前の日と同じにはならない。同じことを繰り返す反復練習とは、そういう意味で真逆のところにはあります。だから即興演奏が、ジャズなのかなと思うんです。
でも、瞬間的な爆発みたいなものは、たぶんクラシックもジャズも到達点は同じような気がするんですよ。超越した爆発的な何かがあるのは一緒で、システムは違っていても、頭で考えているときは本当に良い演奏は出てこない。
じゃあジャンルって何かというと、この曲、この音楽が好きだから、他にどんな音楽を聴いてみたらいいかな……というリスナー側が利用できる、地図みたいなものなのかなと。
——ジャンルというのはリスナー側が決める、あくまで便宜的なものじゃないかということですね。
上原 私が音楽を聴くときは、クラシック音楽が聴きたいからブラームスを聴くわけでもないし、クラシックのピアニストが聴きたいからアルゲリッチを聴くわけでもなくて。今日はブラームスが聴きたいからブラームスを聴くし、アルゲリッチの音が聴きたいからアルゲリッチを聴く。それは他のジャンルでも同じで、ジェフ・ベック聴きたいときに、(ザ・)フーを聴いても駄目なのは、ロックを聴きたいんじゃなくてジェフ・ベックを聴きたいから。もちろん、フーのときは絶対フーを聴くし、同じジャンルにはされていても代わりにはなりません。
ただ、確かに(ジャンルによる音楽の)地図というものを、リスナーの方だったり、ライターの方だったり、いろんな方が作ってくださることで、ここにこんな村があります……という感じに発見してもらいやすくなるとは思います。そういう意味ですごく役立つものではあるんですけど、同時に勘違いを与えるものでもある。
——確かに功罪、両方あります。
上原 作った人が絶妙な位置に置かなければ、その村を好きになってくれるかもしれない人にも届かないもしれない、旅をしてきてくれない可能性がある。飛行船みたいに、別にどこに置いていただいてもいいですよみたいな感じのほうが、普段こういう音楽しか聴きませんという人にも届けやすい。お客さんとの出会いは、「もしかしたらこれはいけるって思うかもしれない」という人たちを探す旅だと思っています。
そういう機会が、あまり日本にはないですね。ヨーロッパでは第一部がアルゲリッチで、第二部に私のトリオが出て、第三部にCREAMのジャック・ブルースが出るみたいなフェスが、スイスとかにはあるんですよ。
——2011年のルガーノ音楽祭ですね。
このあと、上原さんと西江さんはフジロックフェスティバルにご出演予定ですが……(※2021年8月22日に出演した模様は、YouTube上でも生配信限定で聴くことが出来た)。
上原 クラシックでは、いろいろなジャンルが集まるフェスもなかなかありません。「クラシック村」みたいな感じで、そうじゃない人たちはクロスオーバーという村に入れられることが多いですよね。でも、普段はジャズしか聴いていない人が、クラシックしか弾いてない人の演奏に感動することは絶対にあるんですよ。
私自身、ホロヴィッツが初めてロシアに戻ったときの演奏を聴くと涙が止まらないし、そういう感動って一定の人には絶対届くものだと思っていているので、それを潰さない地図作りをお願いしたいです。ジャンルを考えているミュージシャンのほうが少ないんじゃないかなと私は思っているんですけど。
『モスクワのホロヴィッツ』
——特に今の時代はその傾向が強いように思いますよね。
上原 でも、今回のような内容だと「ジャンルを超えての共演」っていう表現がよくされますし、タップダンサーの人とやれば「異種格闘技」とか、そういう捉え方をされがち。だけど、リズムを刻むタップダンサーと共演するのって、私にとってはドラマーと演奏するのと同じような感覚なんです。
音楽っていう広い海に、みんなそれぞれの船に乗っているだけで、国の領域みたいなのを作って、国境を越えたとか、ジャンルを超えたとは思っていません。自分が音楽をやって楽しくて、興奮してドキドキする絵が見られる人と一緒にアルバムを作ったっていうところでは、(ハープの)エドマール(・カスタネーダ)とやったときも、トリオとやったときも、まったく変わらないんですよ。
そもそもラフマニノフとかドビュッシーだって、自分が「クラシック」を作ろうしていたわけじゃないと私は思います。自分の音楽をやっていて、後々の人が「ロマン派」とか「印象派」とか付けただけで、その人たちは考えていない。ドビュッシーはドビュッシーだっただけだし、みんなそうだと思うから。
だから、ジャンルの壁を超えて作ったとは全然思っていません。いつもと同じ。この人とは縁があって、絶対いい音楽ができるって思ったので、西江さんとアルバムを作りました。
——ただそれだけっていうことですよね。
上原 ただそれだけです。
——痺れるお言葉でした……。
西江 初めてお会いしたときから彼女は、両手を広げて、同じ土俵に立って、同じ目線で気配りくださるんですよ。しかも、それは僕ら共演者だけじゃなくて、スタッフやお客さんに対してもです。昨日の演奏会(新日本フィル・シンフォニック・ジャズ・コンサート Special Guest 上原ひろみ)を観に来てくださったお客様もみんな、ただただその音楽に没頭してるっていうか、そういう印象を受けませんでしたか?
——上原さんが舞台に登場した瞬間、それまでとは拍手の熱量が違っていましたよね。ジャンルなどは関係なく、ただただ上原さんの発するパワーを待ち望んでいるんだろうなと思いました。
西江 アーティストとしての虚栄心を持っている方がたくさんいると思いますが、ひろみさんはそういうものから懸け離れていて、そのままの自分、より良く見せようとかそういうことと関係なく等身大で自らを解放している、本当の意味で、音楽で人と人とを結んでいる方だと思うんです。なかなか出来ることではないけれど、その“ありのままの心で通い合う世界”に惹かれているファンが多いんだろうなって思います。
僕も偶然の巡り合いから始まり、ひろみさんと一緒に共演させていただいて、ブルーノート東京でのライブ、そして今回のアルバムという形にもなりました。これは時間の芸術としては通過点に過ぎないですが、皆で取り組んだ日々。これまで聴いてくださった方たちはもちろん、これから聴いてくださる方たち、ジャズ、クラシック問わず、多くの方に届いてほしいです。何か、いつの間にか音楽に導かれているような、そんな感覚になっていただけたら嬉しいなと思います。そして、そこからまたあらたな繋がりの輪が広がっていくことを願っています。
11月11日(木)松本:まつもと市民芸術館
11月12日(金)名古屋:愛知県芸術劇場 コンサートホール
11月14日(日)大阪:ザ・シンフォニーホール
11月23日(火・祝)広島:広島国際会議場 フェニックスホール
12月4日(土)札幌:カナモトホール(札幌市民ホール)
12月7日(火)大阪:ザ・シンフォニーホール
12月8日(水)福岡:福岡国際会議場 メインホール
12月9日(木)東京:Bunkamuraオーチャードホール
12月12日(日)浜松:アクトシティ浜松 大ホール
12月24日(金)仙台:日立システムズホール仙台 コンサートホール
12月27日(月)東京:Bunkamuraオーチャードホール
12月28日(火)東京:Bunkamuraオーチャードホール