練習というものの本質

私が世界でもっとも愛する映画のひとつに、リチャード・リンクレーター監督の「The Before Trilogy」があります。ある男女がともに過ごす十数時間がドキュメンタリー風の空気感で切り取られ、どこまでも自然体で深い余韻に満ちた、愛を通して人生を見つめる3作です。

カット数が少なく、自然発生的な長い会話がほとんどを占めるこの映画の制作プロセスには、アドリブはほとんどなく、細部まで計算し尽くされた脚本と演出、主演のジュリー・デルピーいわく「憂鬱になるほどに」繰り返された練習があったことが知られています。

2人で散歩をするシーンでは「どこで、どのくらい」手を繋ぐかといったことまで話し合われ、会話のシーンでは自然なリズムが見出せるまでセリフが調整され……そのプロセスがあったからこそ「まるで実在する人間を隣で見ているような自然さ」が導き出され、この映画は見るものの心を表面的でなく動かすのでしょう。

偉大な作曲家が残した楽譜の多くは、まさにこの映画の脚本のようなものです。精密で考え尽くされていながら、いつもその先には自然で人間的な感情を描くという目的がある……作曲家がそれを望むなら、演奏家もまた「憂鬱になるほどに」練習し、考え続けなければならないのかもしれません。

昨年から書かせていただいてきたこの連載もついに最終回となりました。お読みくださった皆さま、そして私のマイペースきわまりない執筆作業を温かく広いお心で見守ってくださった編集部の皆さまに心からの感謝をお伝えしたいです。またどこかで皆さまにお目にかかれることを楽しみにしております!

上)レッスン風景
右)フィルハーモニー・ホールの前で
フィルハーモニー・ホールに演奏会を聴きにいきました
牛田智大
牛田智大

2018年第10回浜松国際ピアノコンクールにて第2位、併せてワルシャワ市長賞、聴衆賞を受賞。2019年第29回出光音楽賞受賞。1999年福島県いわき市生まれ。6歳まで...