「賢い手」の存在は音楽への思考を助ける

当時、マエストロに会うたびによく言われたのは「技術を高めなければいけない。そうすれば音楽はいくらでも自由にできるのだから」ということでした。実際それは本当のことで、技術が安定してさえいれば音楽上のいろいろな問題がカバーされていくものです。とはいえ技術の維持は時間に比例するところがあり、演奏会のための作品の準備とのバランスを取るのがほんとうに大変です。

とある尊敬する演奏家のインタビューで「力量を維持するのに6~8時間、向上させようとするなら12時間くらい練習したい」というような文章を見つけて強く頷いてしまったのですが、これは別に誇張でもなんでもなく、ほんとうにそのくらい時間がかかるものです。

ハノンの「ヴィルトゥオーゾ・ピアニスト」でさえ、丁寧にやれば最低3~4時間は必要なわけですから……(小学生くらいの時分にみっちり正しい技術の基礎を叩き込まれていると、大人になってからあまり技術のための時間を取らなくても維持できる傾向はあるようですが)。

とくに悩みどころとなるのは、演奏会などの本番直前の練習です。音楽的にこだわりを強く持っている作品だったり、新しいレパートリーの初出しが控えていたりすると、どうしても追求心や本番への不安が勝ってしまい、技術練習の比重が下がりがちになります。これは結局のところ全体的に技術が落ちていくことに繋がり、作品のなかでうまくいかないところが「もぐら叩き」のように次々と発生するおそれがあるのです。

一般的に技術を高めていくことの最終目標は、作品のなかにあるすべての要素を高い質とともに完全にコントロールできるようになることだと言われています。そして頭脳のコントロールを超えて手だけが勝手に動くことは望ましくないということも……それはもちろんそのとおりなのですが、しかし実際に演奏するときには頭脳によって手をコントロールすることに加えて「手が頭脳を助ける=賢い手」をつくっていく必要があるのではないかと思っています。語弊を恐れずにいえば、やはり「手が勝手に動く」くらいまで手を育てなければならないということです。

認知心理学に「マジカルナンバー7±2」という、人間の脳が短期的に処理できる容量がおよそ7項目程度であることを主張する論文があります。例えば11桁の電話番号を一度にまとめて覚えることはかなり難しいものの「xxx-xxxx-xxxx」のように数桁ずつの集合体に分けて3項目と捉えることで楽に覚えられるようになるというものです。

ピアノの技術も似たようなもので、たとえば楽譜の情報量が多くて演奏しながら多くのことを考えなければならないとき、あるいは本番の緊張状態のなかで処理能力が落ちたとき、「賢い手」の存在は、より音楽の本質に近いところに思考を割くための助けになるように思うのです。

指の動きを説明するマエストロ・プレトニョフのイラスト

そんなわけで、引き続き頑張って練習したいと思います!

牛田智大
牛田智大

2018年第10回浜松国際ピアノコンクールにて第2位、併せてワルシャワ市長賞、聴衆賞を受賞。2019年第29回出光音楽賞受賞。1999年福島県いわき市生まれ。6歳まで...