コンクールでは本番と同じ環境でのリハーサルがほとんどできないぶん、「直前にどのような環境で練習するか」ということが本番での演奏の質に直結します。理想的なのは「音響環境が本番にある程度近く、楽器の状態が本番より少しだけ負荷が強い」状態です。
とくに楽器の状態はとても大切で、たとえば本番直前にタッチが軽すぎるピアノや、必要な音色を出すのが簡単すぎるピアノで練習してしまうと、本番で技術的にも精神的にも負担が増えます。かといって重すぎるピアノで蓋を閉めた状態で練習したりしても、今度は本番での音色のコントロールに支障をきたすだけでなく、音質もあまりよくなくなります。
本番にいたる理想的なプロセスは人によって違うので、各々にとっていちばん良い形を見つけるまでがとても大変です。私も数年前に良い形を見つけるまでは色々なスタイルを試しながら試行錯誤していました。日本国内での公演では、私はここ数年、地方であってもできる限り日帰りで移動するようにしていて(早朝や深夜の移動になったとしても)、本番にむけての練習に適した状態に調整された自宅のピアノでできるだけ長く練習できるようにスケジュールを組んでいます。
リーズでも、コンテスタントそれぞれが「本番に向かうために最適な練習部屋」を探していました。事務局が決めたローテーションのなかで、本番直前に(当人にとって)あまり良い部屋で練習できないことになっていた場合には、その日が本番ではないコンテスタントが気を回して部屋を交換したり、本番直前の数時間だけ貸したりしていました。
米国で学んでいるコンテスタントたちと情報交換をしていると、某国出身のコンテスタントが「リッチな国から来た諸君はいいねえ!鍵盤が88鍵あるということに君たちはもっと感謝するべきだ」などと茶化してくるのも、なかなか各国の状況の違いを映し出していて興味深いものでした。
素晴らしいピアニストたちと本番のステージやそれにいたる時間を共有した経験は、たくさんの発見と気づきを与えてくれました。また再び彼らとどこかで仕事をともにすることができたらと思っているところです。