現在は大統領官邸として知られるラジヴィウ宮殿。この荘厳な建物は、ショパンがわずか7歳で初めての公開演奏を行なった場所です。1818年、慈善コンサートでボヘミアの作曲家イーロヴェツの「ピアノ協奏曲」を披露したショパン少年は、聴衆を魅了しました。
当時の当主ラジヴィウ公は音楽に深い造詣をもち、チェロの名手として知られ、自らも作曲や演奏を楽しみ、館は芸術家や知識人が集う文化サロンとして賑わっていたといいます。そのラジヴィウ公の前で演奏したショパンは、その後、次々と貴族の館に招かれ、演奏を重ねていきました。ショパンの才能を世に知らしめる第一歩となったこの地を前にすると、拍手の余韻とともに、未来の作曲家が羽ばたいた瞬間を追体験できるようです。

王宮にほど近いミョドヴァ通りは、ショパンの時代から芸術と文化の香りに満ちたエリアとして知られていました。かつてこの通りには、優雅な回廊に面して書店や楽譜店、ピアノ工房などが立ち並び、ワルシャワの流行に敏感な人々が集ったといいます。
そのひとつが、有名な書店兼出版社「ダルトロッツォ書店」。音楽院の出版物やリトグラフ(石版画)も扱っており、ショパンもよく足を運んでいたと伝えられています。ここで販売されていた楽譜や書物の数々が、若きショパンの感性を育む一助となっていたのかもしれません。
この通りには詩人ユリウシュ・スウォヴァツキも一時期暮らしており、芸術家や知識人が集う場としても賑わっていました。今も歴史ある建物が立ち並び、石畳を歩けば、当時の文化の息吹がそっと甦るようです。

ショパンの生涯をたどるなら、ショパン博物館は外せません。直筆譜や愛用のピアノ、手紙などが展示され、最新の映像技術を駆使して、彼の音楽世界に没入できる体験型の空間となっています。
なかでも印象的なのは、少年時代のショパンが書いたノートや手紙。カリグラフィーのように整えられた筆跡は驚くほど美しく、その几帳面さと美意識の高さに息をのむほどです。その緻密な線の運びには、のちの楽譜に見られる精緻な構成や、音の細部にまで宿る繊細な感性がすでに感じられます。展示を前に立ち尽くすと、書くこと、音を紡ぐことが、彼にとってひとつながりの表現であったことに気づかされるでしょう。

市の南に広がるワジェンキ公園は、ワルシャワ市民にとって憩いの場所。広大な森の中にたたずむショパン像のまわりでは、5月から9月の毎週日曜に野外コンサートが開かれます。ピアノの音が木立の間を抜けて風に乗り、ベンチに座る人々が静かに耳を傾けます。子どもの頃に親に連れられてこのコンサートを聴くことが、ワルシャワの人々にとって「初めてのショパン体験」になることもあるそうです。
特にショパンコンクールが開かれる10月は、“黄金の秋”と呼ばれる色づいた木々とショパン像のコラボレーションを楽しむことができます。森の中を駆け回るリスに遭遇できるというお楽しみも。


ワルシャワ郊外にあるショパンの生地。ショパンが生まれた家は博物館として公開されています。庭園も美しく整備されていて、ゆっくりと散策すれば、ショパンが生まれたときに包まれていた空気や光を感じることができるでしょう。
ワルシャワ中心部からは車で1時間ほど。車窓から広大な草原や生い茂る木々、のどかな景色を眺めていると、ショパンがマズルカにこめた心情が少し身近に感じられるかもしれません。
夏には庭園の一角でコンサートが開かれ、草の香りとともにショパンの調べが風にのって広がっていきます。


ショパンの音楽は、いまもワルシャワの街に生き続けています。人々の日常に寄り添い、世代を超えて愛される存在であることは、コンクールの熱気からも伝わってきます。そんなショパンとともに歩んできた街角や建物をめぐれば、音楽と歴史が交差する特別な体験となるでしょう。
ワルシャワを訪れる際には、ぜひショパンの足跡をたどり、この街ならではの響きを感じてみてください。
取材協力/ポーランド政府観光局