林田 河村さんからみて山田さんはどういうタイプの指揮者だと思われますか。逆に山田さんからみて河村さんが特別だと思うのはどういうところですか。
河村 山田さんはオーケストラのいいところをすごく引き出してくれる指揮者であって、すごく色彩が豊かです。フランス音楽だったらフランスの色彩が引き立っているし、ドイツ音楽だったらそのスタイルがちゃんと色彩によって表現されている。音楽の核になるものをつかんでいる気がします。そこが第1の魅力なんじゃないかな。
山田 河村さんは芯がしっかりしている。それが伝統にちゃんと根差している。それでいて華やかさがあって、人物にも華があって。その人柄の屈託のないところがピアノにもあらわれている。超越した天才タイプとはちょっと違って、悩みの人でもあるんですよ。等身大でもある。尚子さんが言葉でしゃべることと、ピアノを弾くこととはあんまり違わないんじゃないかな。
要するにしゃべるように弾いている。そういう言語と音楽の一致をみるピアニストは世界的にも実はそんなに多くないですよ。しゃべるっていうのは、人に伝えようとするからしゃべるわけですよね。必ず、伝える相手が誰なのかというのが曖昧にならない。相手がいる音楽を常にしている。ちゃんとギフトしようとしているし、プレゼンスがある。
とにかく尚子さんのすべてが魅力だし、意外に思うかもしれないけど、ものすごくセクシーじゃないですか。人柄もそうだけど、音楽と内面はよりセクシーですよ。それは音楽的にすごく大事なこと。官能性です。音楽に対する陶酔感で、みんなを巻き込んで共有できる人。そういうことも含めて実力者、当代随一ですよ。
河村 もったいないくらいのお言葉です。
林田 山田さんのおっしゃる通りですね。そんな河村さんが女性作曲家を両方のプログラムに取り入れたのはすごくインパクトがあります。受賞記念コンサートでおめでとうで終わりじゃなくて、後につながっていくような性質のコンサートですよね。
河村 そうだといいんですが。「女性作曲家だから弾く」というのではなくて、すぐれた作品を書いた人たちをもっと紹介していければと思っています。あとは日本人作曲家。もちろんヨーロッパの古典を弾けないといけないし、聴くのも弾くのも大好きですが、邦人作曲家と女性作曲家はこれからの課題でもあります。
林田 エイミー・ビーチの交響曲《ゲーリック》という曲があるんですが、それが本当に壮大ですばらしい曲で、アメリカの女性作曲家が初めて書いた交響曲のひとつといわれていて、とてもロマンティックで豊かな響きがあります。山田さんは、オーケストラ音楽としてのビーチの魅力はどういうところにあるとお感じになりますか?
山田 親しみやすいですよね。オーケストレーションがカラフルだし。伝統にのっとっていますけど構成力もあるし。すごく聴きやすくて、しかも素晴らしい。このピアノ協奏曲も、尚子さんにすごく合うだろうと直感しています。
河村 彼女はピアノをリストの弟子から習ったんですよ。このピアノ協奏曲からもリストふうのピアノ奏法が感じられるんですが、作曲法は完全に独学です。元にしているのがベルリオーズの管弦楽法の本だけ。それも凄いことです。
歌曲も素晴らしくて、ときどきチャイコフスキーのオペラみたいに聞こえる。コンチェルトに使われているいくつかのテーマは、そんな歌曲からきているんです。
林田 完全に独学でそこまで書けるというのはすごいですね。
河村 彼女は25歳年上のお医者さんと結婚して、演奏活動をするなと言われていました。年に1回チャリティ・コンサートとしてどこかの教会に寄付するという約束つきで作曲していい、演奏していい、そういうルールのなかでちゃんとした芸術活動を続けていったというのもすごいなと思うし、そのときの女性の社会的な位置が見えてくる。
そういう制約がなかったら彼女はもっとたくさん作曲できていただろうし。彼女が作曲した曲は全部、ご主人の名前で出版されていたんです。
山田 今でいうモラルハラスメントですね。