林田 室内楽のコンサートで取り上げられる英国の女性作曲家レベッカ・クラーク(1886-1979)も、女性だということで周囲の圧力が相当大変だったみたいですね。
河村 考えなくてはいけないのは、どれくらい有難い地位に現在の私たち女性がいるかということですよね。対等であることが普通なのかもしれないけれど、それが当たり前でなかった時代がつい100年くらい前にあるんですから。
山田 もっと知られてしかるべき女性作曲家は世界にたくさんいて、たとえば、この間私がイギリスでやったエセル・スマイス(1858-1944)は女性解放運動の活動家で、逮捕されたことがあったそうですね。そういう難しい時代を生き抜いて、音符を書いていった人がいる。
アルマ・マーラーだって旦那さんから作曲はダメだと言われていましたが、もしアルマがもっと曲を残していたらどんな曲だったか、それはそれで非常に興味深いですよね。志があってもなかなか状況が許さないというのは、悲しいかな女性のほうが歴史的に見て多い。そこに光を当てて、いい作品があって感動できて共有できればいい。
河村 クラークは、独学のビーチと違って、ちゃんと勉強した人なんですよ。「ピアノ三重奏曲」はビーチが協奏曲を書いた20年後くらいに書かれているんですが、まったくスタイルが違う。ロマン派から飛び出していて、前衛的な感じですが、名曲です。
レベッカ・クラーク「ピアノ三重奏曲」(トラック1~3)
彼女の作品には、音楽と精神の深みがあると思うんですよ。父親からのハラスメントがすごく大きくて、それこそDVを受けた方で、人生の終わりで子どものころを思い出して本を書いたような人なので、そういう思いのこもった音楽が詰まっているんじゃないかなと思います。
いろんな作曲法を使っているけれど、スクリャービンのような後期ロマン派的な雰囲気もあれば、ショスタコーヴィチとかプロコフィエフのような現代的な雰囲気もあります。
林田 室内楽の日は、矢代秋雄の「ピアノ・ソナタ」のあとにクラークの「ピアノ三重奏曲」で、シューマンの「ピアノ五重奏曲」。だんだん響きがロマン派になってくるのもいい構成ですね。
河村 今回、サントリー音楽賞を受賞したことがまだ信じられないくらいですけれど、とてもありがたい気持ちで受け取らせていただいています。私が尊敬する音楽家、山田和樹さんをはじめとして、あとはドーリック弦楽四重奏団、これはイギリスの四重奏団で、初めて聴いたのは10年前ですが、音楽そのものを今生まれたように演奏してくれる本物のアーティスト。この2回のコンサートは本当に豪華なキャストです。
山田 「やってみなはれ」精神の佐治敬三さんが創設されたサントリー音楽賞は、単に活動の功績が多かった人に与えられる賞だと僕は思っていなくて、夢と未来と希望を託すものなんですね。今回の河村さんもそう。その人がプロデューサーも兼ねて、やりたいものをやるという受賞記念のコンサートです。それは、未来を見据えたチャレンジでもあるわけですよ。
近年、歴史の陰に埋もれがちだった女性作曲家たちに急速に注目が集まっている。それは、女性だからどうこうという以前に、本当にきらめくような才能にあふれていたことが、遺されている楽曲からはっきり伝わってくるということが、まずある。
そして、調べていくうちに、彼女たちがどれほど男性優位社会の中で自らの才能を発揮するために大変な思いをしていたかということが、わかってくる。そうやって新たな視点を得ることで、少しずつ音楽史の風景が変わって見えてくる。それどころか、今の社会に対する見方さえ変わってくる。
河村尚子さんのサントリー音楽賞受賞記念コンサートは、オーケストラと室内楽の2つが行なわれるが、そこにエイミー・ビーチとレベッカ・クラークという女性作曲家ふたりの名前を見たとき、私は非常に興奮した――ぜひとも行かなければ!
これは単なるお祝いのコンサートではない。山田和樹さんがおっしゃるように、未来を見据えた、河村さんの大いなる挑戦なのだ。
林田直樹
※こちらの公演は終了しました。
日時:2023年3月9日(木)19:00開演
会場:サントリーホール ブルーローズ(小ホール)
出演:河村尚子(ピアノ)、ドーリック弦楽四重奏団
曲目:矢代秋雄「ピアノ・ソナタ」、レベッカ・クラーク「ピアノ三重奏曲」、シューマン「ピアノ五重奏曲」変ホ長調 作品44
チケット:S席7,000円、A席5,000円、サイドビュー席3,000円、学生1.000円
問い合わせ:サントリーホール 0570-55-0017
※こちらの公演は終了しました。
日時:2023年3月13日(月)19:00開演
会場:サントリーホール 大ホール
出演:河村尚子(ピアノ)、山田和樹(指揮)、読売日本交響楽団
曲目:エイミー・ビーチ《仮面舞踏会》作品22、エイミー・ビーチ「ピアノ協奏曲」嬰ハ短調 作品45、ブラームス「ピアノ協奏曲第2番」変ロ長調 作品83
チケット:S席9,000円、A席7,000円、B席5,000円、C席3,000円、学生席1,000円
問い合わせ:サントリーホール 0570-55-0017