初演までに構想された「第九」のテンポ

ベートーヴェンの「第九」は、15箇所(版によっては16箇所)メトロノーム記号が書かれていながら、すべてその通りに弾かれることは稀だと言えます。というのも、そのテンポで演奏することが難しいとされているからです。たしかに、演奏不可能だと思えてしまうほど速いです。なぜそんなテンポが設定されたのでしょうか? そしてそれらは本当に正しいのでしょうか?

まず、自筆譜を見てみましょう。すると、少ないながらも2箇所に鉛筆によるメモ書きのような形ではあるものの、メトロノーム記号が書かれています。

一つ目は、第1楽章冒頭です。ページ右上に、108 oder 120 Maeltzel(メルツェルで108か120)と書かれています。メルツェルとは、メトロノームの発明者のことで、そのままメトロノームを指していますが、これは「四分音符=108か、120」ということです。最終的に、第1楽章のテンポは、四分音符=88とされましたが、元々の構想段階ではかなり速かったことがわかります。

ベートーヴェン:交響曲第9番〜第1楽章(自筆譜、9ページ)
ベートーヴェン:交響曲第9番〜第1楽章(自筆譜、9ページ右上)

2つ目は、第4楽章のPresto部分です。最初に書かれたPrestissimoを鉛筆で消し、Prestoに書き換えたうえで、Maelzel 132と書いています。第1楽章とは違い、この部分は構想段階と同じテンポで出版されました。

ベートーヴェン:交響曲第9番〜第4楽章、プレスト(自筆譜)

自筆譜ではありませんが、実はもう一つだけ、初演前に書かれたメトロノーム記号の書き込みがあります。初演に際して作られたコピー譜の、第2楽章タイトルページをよく見ると、ベートーヴェンの手によっMetron 108と鉛筆で書かれています。結局この部分は、少しだけ速いテンポ(四分音符=116)で出版されました。

ベートーヴェン:交響曲第9番〜第2楽章(Peter Gläser、もしくはPaul Mascheckによるコピー譜、タイトルページ)

この3つのメモ書きは、1823〜24年に書かれたとされています。そして、これらを鑑みるに、ベートーヴェンは構想または作曲の仕上げ段階からすでにメトロノームを意識していたことがわかります。

しかし、初演された演奏会では、具体的なメトロノーム指示はなかったのではないかとされています。テンポに対しては、ある程度明確なイメージを持っていたと考えられるものの、それは初演に反映されたのでしょうか?