アンジー・チャン~自在なテンポで独自の世界を作り上げる

アンジー・チャンは、入賞者では唯一の古楽器とのダブル・メジャー。ひじょうにしなやかな音楽性の持ち主で、1842年製プレイエルを使い、自在なテンポで独自の世界を作りあげていた。第1楽章はたっぷり間を取り、悠揚迫らざるテンポで歌い上げる。技術的にも安定感があり、重音のパッセージなど危なげなく弾き進む。第2テーマの再現では、あまりに遅いのでホルンが困っていた。

第2楽章もルバートを多用して歌い上げたが、ときおり語尾がもたれるのが気になる。第3楽章はうって変わって軽快なテンポ。速くなっても技術的には破綻を見せず、腕をひと振りするとアルペジオがなだれ落ち、テーマに連打が加わる難しいシーンも軽々とこなすテクニシャンだ。

アンジー・チャン

ショパンと対話するような演奏のヌーバウアーが入賞しなかったことは残念

我々取材陣がもっとも悲しんだのは、マルティン・ヌーバウアーが入賞しなかったことだ。彼は2016年、川口成彦が1位なしの2位に入賞したブリュージュの古楽コンクールで第3位。

ヌーバウアーは、第2次予選では1838年製エラールでマズルカとワルツ、「ソナタ第3番」はプレイエルで演奏していた。音量の変化ではなく緩急でメリハリをつけ、フォルテを出す時は瞬間的に力を上に逃し、楽器に負担をかけないように配慮していた。室内楽ホールでのソロではこれで十分だったが、フィルハーモニーの大ホールでオーケストラ相手では別の作戦が必要だったかもしれない。

私は審査員席のすぐ後ろで聴いていたのだが、音が充分に届かないもどかしさがあった。ソロの時は、プレイエルらしい音の連なりで秘めやかに歌うのだが、オケが入ってくると埋もれてしまう。速いパッセージでもオクターヴや右手の小指を殊更に際立たせることをしないため、輪郭が不明瞭になる。楽器をけして叩かず、大袈裟な身振りもせず、常にカンタービレで、ショパンと対話しているような演奏は、客席に十分伝わらなかった。これは本当に残念だったし、改めてこのコンクールの矛盾が露呈されたようだ。

マルティン・ヌーバウアー

カミラ・サハジェフスカ~天性の歌心のあるピアニスト

ポーランドのカミラ・サハジェフスカは、審査員のオレイニチャクの門下。おそらく本選まで進むと思っていなかったのだろう。第1楽章こそたっぷりした音と美しいフレージングで聴き手を魅了し、オケとの対話も十分で期待を抱かせたが、楽章が進むにつれて不安定になり、第3楽章ではいつくか綻びがみられた。まだ22歳と若く、天性の歌心のあるピアニストなので2025年に向けて頑張ってほしい。

カミラ・サハジェフスカ