続くリッテルは、ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第3番」。オーケストラは、ヴァーツラフ・ルクス指揮{Oh!}オルキェストラ。
ベートーヴェンの3番は重厚なサウンドで知られるが、グラーフの響きはよりチェンバロに近く、冒頭のスケールはギターをかき鳴らしているようで独特の味わいがある。オクターヴのテーマの後半の和音をアルペッジョにしたり、8分音符の連なりをイネガル*に弾いたり、フォルテピアノを知り尽くしたリッテルならではの自在な演奏。
*イネガル:均等な音価で記譜された音符を、長-短を交替させながら不均等に演奏すること
グラーフには4本のペダルがついており、組み合わせ次第でさまざまに音色が変化する。とりわけ、最弱音で祈るように弾かれた第2楽章は美しく、第3楽章でのオケとの対話も見事。アインガングの最後で音が一つずつ増え、陽気なコーダが始まるところは本当に素敵だった。前奏や後奏の間、通奏低音を弾いているのも印象的だった。
リッテルのアンコールは、シューベルト=リスト《ドッペルゲンガー》。
休憩の後は、いよいよマルタ・アルゲリッチが登場して、ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第1番」を弾く。後半の楽器は1858年製エラールで、グラーフと同じ配置。アルゲリッチは通奏低音こそ弾かなかったが、前奏の間、楽しそうに身体を動かしていた。
1858年製エラールは1番の曲想にぴったりで、甘く艶やかな音が鳴り響き、軽やかなパッセージは小鳥が囀るようで、低音部にはバス歌手のような凄みもあり、会場中が固唾を飲んで聴き入った。
アルゲリッチの1番と言えば、第1楽章再現部直前のオクターヴのグリッサンドが聴き物だが、この夜は楽器に配慮してスケールにとどめたとのこと。
全編を通じて、音色の変化、テンポの緩急はモダンの時よりさらに雄弁で、まるでフォルテピアノの専門家のよう。改めて音楽性と技術が一体になったアルゲリッチの芸術の見事さを見せつけられた思い。終わった後は会場中がスタンディングオベーションで讃えた。