ではここで実際に「ストラディヴァリウス」「アマティ」「グァルネリウス」を弾いている現役の演奏者たちに、楽器への想いについて聞いてみましょう。いったい彼ら彼女らは「3大名器」との出会いから何を得たのか?
大谷康子さん、金山真弓さん、周防亮介さん、千住真理子さん、髙木凛々子さん、崔 文洙(チェ・ムンス)さん、成田達輝さん、服部百音さんの8名に下記の質問を投げかけ、自由にお答えいただきました。
1、現在使用されている楽器の名称と年代を教えてください。
2、楽器とめぐりあったきっかけを教えてください。
3、弾き始めて、ご自身の音楽性にどのような変化がありましたか?
4、音色について、可能であればお酒(洋酒、日本酒問わず)の味わいに例えて表現してください。お酒に例えるのが難しければ、音色の特徴を教えてください。
5、楽器に名前、もしくは愛称をつけていらしたら、教えてください。
それではまいりましょう。
日本音楽財団の存在は学生の頃から知っており、何度か応募しておりまして昨年貸していただけることになりました。財団のコレクションからどの楽器になるかは選べませんので、楽器を受け取りに行くときは本当にくじ引きのような、あるいはブラインドデートに行くような期待と緊張がありました。
楽器の声は人の声と同じように独特な音色、そして音域によって特徴もあります。そういった傾向と私の意思と想像を合わせる道を探します。前に弾いていた楽器と随分性格の違うところもあり、今はとくに穏やかな忍耐力を学んでいる気がします。お酒でいえば辛口の白ワイン。楽器にはすでに“ウィルヘルミ・ストラディヴァリウス” と19世紀の奏者の名前がついています。私はまだこの楽器には愛称をつけていません。
金川さんの演奏を彷彿させるお答えですね。ここで出てくるアウグスト・ウィルヘルミ(1845~1908)とは《G線上のアリア》を編曲したヴァイオリニストです。神童といわれ、ある歌手からは「将来はドイツのパガニーニになるだろう」と絶賛されたほどで、事実19世紀に最高峰の一人と謳われた演奏家でした。
愛奏していたこのストラディヴァリウスは引退時に弟子に譲り、その後ドイツ→アメリカ→香港とわたり、現在は日本音楽財団が購入して金川さんに貸与しています。
スイスのディーラーから電話が来て、その存在を知り数週間後に日本に運ばれてきて運命的な出会いを果たしました。楽器と出会ってから音楽性をすべてリセット。奏法から音楽構成、音楽に対する気持ち、ヴァイオリン人生に向かう真剣度、つまり体力づくりや栄養摂取のしかたまで、大きく変化しました。音色はワインに例えるなら年代ものの“赤”。楽器への愛称はデュランちゃんです。
音楽性をすべてリセットしたというのがすごいですね。それほどの衝撃とは。人の運命さえ左右してしまう楽器の魔力を実感させるお話ですね。ちなみに彼女の“デュランティ”はなんと、ローマ法王クレメンス14世からフランスのデュランティ伯爵家にわたって保管されていた楽器だそうです。
「幻の楽器」と称されてきましたが、まさに世界遺産です。デュランティ伯爵家が所有したことで“デュランティ”の名が付きました。それをデュラン様でなくデュランちゃんと呼んでしまう千住さんもまた凄い。ちなみにストラディヴァリウスには通常有名な所有主の名が付くことが多いのです。
黒澤楽器さんでのリサイタルをきっかけに貸与していただいています。最初は楽器と仲良くなるのがとても大変でした。ちょうどコロナ禍でコンサートがなくなってしまった時期でもあり、半年間毎日楽器と向き合ってやっと思い通りの音が出せるようになりました。今では楽器と仲良くなりすぎているかなと思うくらいです(笑)。
自由自在に操れる魔性の楽器だと思います。それこそ赤ワインに近いのかな。人それぞれ味の感想が違うというのも赤ワインを選んだ理由ですが、どんな味にもすべてに意味があり、感情がこもっていると感じます。名前は付けていませんが、この楽器は性別がなく、七変化が可能なカメレオン的な存在だと思います。
髙木さんはYouTubeやTikTokなどを駆使して、早くからヴァイオリンの魅力を若い世代にアピールしてきた新しいタイプの演奏家です。ちなみにInstagramのフォロワー数は7万人以上だとか。
今年の4月からパシフィックフィルハーモニア東京の特別ソロコンサートマスターに就任しましたが、ソロ演奏も活発。ちなみに“ロード・ボーヴィック”はこの楽器がイギリスのボーヴィック卿の所有だったことに由来します。
以前はグァルネリ“デル・ジェス”を借りていましたが、そのオーナーを通じて日本の楽器商を紹介してもらったことでストラディヴァリウスに出会いました。
楽器を弾き始めた24歳当時は音程に固有の質量(重さ)を感じ、咀嚼するので精一杯でしたが、そのうち慣れてきて27歳の時には自分の身体の中に音楽(的なもの)が生まれた感覚がありました。
今ではすっかり身体の一部のような近しい関係です。2023年4月に行なわれたプライベート・イベントで「ワインと音楽のペアリング」というコンサートに出演した際、ソムリエから貴重なヴィンテージ・ワインをいただく機会がありました。その味は、水のように滑らかでした。私が弾いている“タルティーニ”もこれと言って個性的だとか、特徴があるわけではなく、スッと同化する感じです。
私から楽器に名前や愛称を付けることはないですが、あえて付けるとしたら私の属しているアーティスト・コレクティブと同じ「mumyo(無名)」ですかね(笑)。
高級な楽器を自分のものにするまでいかに大変かが伝わりますね。「ワインと音楽のペアリング」でソムリエの方が紹介してくれたというヴィンテージ・ワインもさぞ美味だったことでしょう。“タルティーニ”という名前は、あの作曲家・ヴァイオリニストのジュゼッペ・タルティーニ(1692~1770)が使っていたことから命名されました。名曲《悪魔のトリル》もこの楽器から生まれたのでしょうか?
ジュゼッペ・タルティーニ:ヴァイオリン・ソナタ ト短調《悪魔のトリル》