記者会見ではさらに、会場での感染予防対策についても質問が集中した。特に問題になったのが、出演者の間で保たれるべきディスタンスである。例えば、ウィーン・フィルの場合、すでに5月半ばに楽器演奏に伴うエアロゾル発生についての実験を行ない、安全性の確認を終えている(詳しくは「ビジョンを貫いたウィーン・フィルの3ヶ月——コンサート再開までの道のりとは?」参照)。
しかし、オペラ公演の狭いオーケストラピットの中では、演奏者同士が十分な距離を保持できない可能性もある。ディスタンスを保てない場合、音楽祭本部は、演奏者に対して毎週PCR検査を実施するという厳しい原則を明らかにしている。
さらに、客席もまた、そのまばらな配置を別にしても、やはり例年とはまったくちがった雰囲気に包まれることになりそうだ。
着席時以外にはマスクの着用が義務付けられるほか、観客間の接触の機会をできるだけ減らす目的で、ホール内のビュフェやシャンパンスタンドはすべて閉鎖されることが決まっている。
なかでも、全公演で休憩時間を設けないという措置は、とりわけ衝撃的に受け止められた。休憩なしでの通し演奏のスタイルが、聴き手に緊張と集中力を強いるだけでなく、演奏家側にも著しい体力的負担を生み出す結果になることは、いまさら指摘するまでもない。
規制緩和に向かうオーストリア国内においてすら、9月以降の多くのイベントがいまだ中止の決定を選ぶなかで、世界の先頭を切って開催に踏み切ったザルツブルク音楽祭の決断が、きわめて大胆なものであるという点は否定できない。一見して厳しすぎると思われるほどの予防対策が取られるのは、必定のことだろう。
開催決定の会見にいたる日々、「スマートフォンでオーストリアおよび世界の感染者数を数時間ごとにチェックして過ごした」というヒンターホイザー氏もまた、フェスティバルが無事に終了するまでの道のりを、「まさしく薄氷の上を行くようだ」と表現した。
こうして「細部に宿る悪魔」たちが引き起こす問題をひとつひとつ解消しながら開催に向けて動き始めたザルツブルク音楽祭が、今後8月末の閉幕までにたどる軌跡は、善悪どちらの面においても、これからのクラシック音楽の演奏会のあり方に大きな影響を及ぼすことになるのは確実であろう。
何より、ザルツブルクにおいていま、オペラ2作品の上演が、歌手やオーケストラの編成を縮小することなく実現に向けてスタートしたことは、世界中のオペラハウスにとってこの上ない朗報となった。
また、客席内の「密」を避けるべく販売席数を限定して行なわれる公演のチケット価格の行方もまた、音楽興行に関わる人びとの熱い視線を集めつつある。
コロナ禍を経て、音楽のいとなみはどのように変化していくのか。未知の要素を含んで始動した100年目のザルツブルク音楽祭は、まさしくアフターコロナにおけるオペラ、コンサートの実験場としての役割を担いつつあるのかもしれない。