典礼前に演奏された6曲の委嘱作品のうち、もっとも印象的だったのがこちらの作品。映画音楽の作曲家として活躍するサラ・クラスは、このように語っています。
「この曲は、愛、信仰、団結を祝福するもので、歌詞も音楽も、すべての命とすべての物の中に存在する、魂の聖なる炎を反映しています」。
南アフリカ出身のソプラノ、プリティ・イェンデが歌うこの美しいメロディは、一度聴いたら忘れられません。
さて、ここからが典礼の始まりです。儀式の5つの主要部分において、音楽的な観点から特に印象的だった場面や作品をご紹介します。
その前に、チャールズ国王がウェストミンスター寺院に入場した際の音楽、ヒューバート・パリーの《私は歓喜した (I was glad)》を聴いてみましょう。
(映像:34:50より)
パリーは、チャールズ国王が最も好きな作曲家です。2011年のBBCドキュメンタリー『The Prince and the Composer(皇太子と作曲家)』では、(当時の)皇太子がプレゼンターを務め、さらに2020年のクラシックFMラジオ番組では、「パリーの音楽は、もっともイギリスらしい音楽だと思う」と語りました。
詩篇第122番《私は歓喜した》は、1626年のチャールズ1世の戴冠式以来、すべての戴冠式の入場場面で演奏されてきた詩篇です。パーセルなどさまざまな作曲家がこの詩篇に音楽をつけましたが、最も有名なのが、1902年にエドワード7世の戴冠式のために作曲された、こちらのパリー版です。
パリー版で特徴的なのが、「Vivat Regina Camilla!Vivat Rex Carolus!」とア・カペラで国王と王妃の名前が呼ばれる部分です(動画38:28より)。この部分はウェストミンスター校の学生たちが歌うのが伝統で、「Vivat!」のあとに君主のラテン語の名前が入るため、戴冠式ごとに編曲されます。今回の編曲者は、ジョン・ラター*ということにもご注目ください!
*ジョン・ラター: イギリスの作曲家。主に合唱曲で知られ、代表作に《グローリア》《レクイエム》など。作品は世界中で広く演奏されている。
(映像:44:18より)
典礼の最初の聖歌は、初めてウェールズ語で歌われました。作曲家のポール・ミーラーはこの作品について、このように語っています。「私はウェールズの偉大な歌、Aberystwyth、Cwm Rhondda、Ar Lan Y Môrからインスピレーションを受け、これらの歌のハーモニーでこの作品が彩られています。この曲は、希望、平和、愛、友情を求めた、ウェールズの丘と谷の深い魂からの叫びです」。
教会にもっとも古くから伝わるウィリアム・バードの聖歌と、テレビ・映画音楽で活躍するデビー・ワイズマンの新たな聖歌。バードは今年、没後400年を迎えます。対照的な作曲家のコンビネーションでありながら、両曲ともシンプルな美しさが親密に響きます。
また、ワイズマンの《Alleluia(O Sing Praises)》は、国王の希望によりゴスペル音楽として作曲されました。ゴスペルが戴冠式で歌われたのも、今回が初めてです。
♪ウィリアム・バード(1540~1623):
《Prevent Us, O Lord》(映像54:05より)
《Gloria in excelsis Deo》(映像57:23より)
♪デビー・ワイズマン(1963~):
《Alleluia (O Clap Your Hands)》(映像1:05:54より)
《Alleluia (O Sing Praises)》(映像1:09:16より)
*委嘱作品
(映像:1:21:50より)
典礼の中で最も神聖な部分といわれる「塗油」では、こちらの作品が演奏されました。ヘンデルがジョージ2世の戴冠式のために作曲して以来、典礼で必ず演奏されてきた作品です。
カンタベリー大主教が国王に塗油する際には、戴冠式の椅子の周りにスクリーンが配置され、儀式のなかで唯一の非公開な場面となりました。
指輪、剣などのレガリア(君主を象徴する神聖なアイテム)が授けられる「認証」では、さまざまな宗教の代表者が各アイテムを国王に授けました。
剣が授けられる場面では、詩篇72番が初めてギリシャ語で歌われました(動画1:28:33より)。ギリシャ皇太子として生まれた陛下の父方、故エジンバラ公爵フィリップ殿下の遺産を音楽にも反映するために、今回特別に歌われた詩篇です。
(映像:2:10:15より)
今回の12曲の委嘱作品の中で、もっとも心に残った作品。「Agnus Dei」の英語の言葉、「lamb of god(神の羊)」が花びらの多数の層のように徐々に広がり、次第に複雑なハーモニーが心地よい響きへと変化していきます。
2006年、リンカン大聖堂でオリーガンの作品を聴いた国王は、儀式のもっとも内省的な部分のために、オリーガンに作品を委嘱しました。オリーガンは作品について、このように語っています。「ユニゾンのメロディがゆっくりと断片化し、アラブやアイルランドの伝統音楽に見られるような無数の音色が生み出されます。ちょうど400年前にウェストミンスター寺院のオルガニストになったオーランド・ギボンズにちなんで、(旋律が)交互に歌われるアンセムの構成になっています」。