ソナタでホラー体験

たとえば、ピアノ・ソナタ第21番。冒頭楽章の最初のテーマは、どこか慰撫してくれるような、柔らかなニュアンスを伴って奏でられる。第2主題は、いくぶん主体的に動く意志が感じられるが、どこかのどかな雰囲気も残す。これらの合間などに置かれた低音トリルが遠雷のように鳴る。不穏な予感もどんどんと募っていく。

シューベルト「ピアノ・ソナタ第21番」第1楽章

展開部の入りは、ベートーヴェンのように「おっと! こっから展開部ですんで、激しく切った張ったをやらせてもらいますね」といった、いきり立った感じではない。さりげなく、第1主題が翳りを帯びた嬰ハ短調で奏でられる。急に太陽が雲に隠れたような心地だ。

その展開部が終わり、主題が帰って来る再現部。第1主題は型通りに再現されるが、次の第2主題が登場するのときの表情が怖い。聴き手の耳は、この主題が主調である変ロ長調に近い調性で現れることを自ずと期待するようになっている。にも関らず、シューベルトはロ短調でこの主題をちらりと再現させるのだ。その曇ったような調、期待していたものからのズラし方が、じつにホラーの気配たっぷりだ。のっぺらぼうや東尋坊が、そこに出現してしまう。

アンダンテ・ソステヌートの第2楽章は緩徐楽章だが、前の楽章の不思議な緊張感を引き継ぐ。主題が次々に転調していくのだけれど、その揺らめくような光の加減がじつに落ち着かない。聴き手の心の奥底を掘り下げられていくような、気づけば無防備になっている自分に恐怖する。

シューベルト「ピアノ・ソナタ第21番」第2楽章

モーツァルトやベートーヴェンなどの古典派のソナタに比べると、思えば遠くへ来たもんだな音楽である。ロマン派の先駆的な表現と見なされるが、そんな範疇など軽々と飛び越えた、とんでもない音楽にわたしには聴こえる。