虚構の中にあらわれる一瞬の真実

《こうもり》は、ファルケ博士が金持ちの友人アイゼンシュタインを、オルロフスキー公爵邸の舞踏会に誘い出し、最後に一杯くわせて昔の悪戯の仕返しを行なう、たわいない喜劇だ。舞踏会には、アイゼンシュタインの妻ロザリンデや女中のアデーレ、アイゼンシュタインが出頭するはずの刑務所の所長なども加わり、混乱の度を深める。さらに想定外のロザリンデの昔の恋人アルフレートもからむなど、ストーリーはドタバタ的に進行していく。

舞踏会のシーンの第2幕は、全員が酔っ払っている。続く第3幕だってほとんど二日酔いの世界である(すがすがしいほどに、ぐだぐだなやり取りが続く)。

とりわけ登場人物のほとんど全員が自分の身分を偽り、虚構性に遊ぶ舞踏会。歌と踊りと小芝居に満ちあふれた世界で、一瞬だけ真実が扉を叩くように思えるシーンがある。

ファルケが乾杯の挨拶をする場面だ。ファルケは歌う(あまり出番が多いとはいえないこの役にとって唯一の見せ場といっていいだろう)。「兄弟そして姉妹に、私たちはなりましょう。いつまでも永遠に、今日の日のように」と。

そして、出席者全員が合唱でその言葉を歌い継ぐ。お決まりの乾杯のシーンかと思うかもしれない。ただ、ここの音楽、異様なまでに美しいのだ。

そして、歌われている内容もベートーヴェンの第九交響曲の合唱を思わせる。「みな兄弟、諸人抱き合え!」である。

このあと、オペレッタはバレエのシーンに続く。そんなバカ騒ぎの合間に、理想主義的な文言がさりげなく、そして麗しく歌われる。そんなはかなさが、またたまらない。

《こうもり》初演(1874年4月5日)のためのイラスト