橋本 町田さんはアメリカのフィギュアスケート選手、アレクサ・クニエリム、ブランドン・フレージャーのペアが、2022年の北京オリンピックで使用した楽曲《朝日のあたる家》の制作者から、無断使用だと訴えられたケースについて紹介されていましたよね。
この問題について検索してみると、SNS上では「オリンピック選手にまで使用料を要求するなんて守銭奴だ」とか「自分の曲を広めてもらって何が不満なのか」といったコメントがかなり見受けられて。
町田 スポーツは聖域のように思われているところがありますからね。時として「アスリートに音楽を使ってもらって、音楽の制作者は利益を得ているでしょう」みたいな発言も見受けられます。しかし逆説的に考えれば、音楽の存在なくしてフィギュアスケートは成立しないわけですから、やはり必須要素となる音楽の著作権は尊重しなければなりません。
橋本 著作権法の目的は、著作物や実演などの「公正な利用に留意しつつ」、「著作者等の権利の保護を図り」、それによって「文化の発展に寄与すること」と著作権法第一条にあります。
つまり、著作者の権利を「守る」こと、作品の利用を促進して文化を「発展させる」ことの両方が大事です。著作者の権利を守らなければ、アーティストは食べていけず、誰も新しい創作を生み出さなくなり、ひいては文化の衰退につながる。著作権法の根本にはそういった考え方があると考えられています。
著作権はプロのアーティストに限らず、自ら作品を生み出したすべての人が主張できる権利です。でも、著作権を知らない人ほど、著作権を主張する人を叩くような言論に走りがちな気がします。
町田 そういう人こそ、他者の著作物を無自覚に使ってしまっていそうですね。
実を言うと、国際スケート連盟が定めたルール(Constitution and General Regulations, Rule 131: Entries General-b)には、使用する音楽については必ず著作権者の許諾を取りなさいと書いてあるのです。つまり、著作権処理を選手個人に委ねてしまっている。でも、実際問題として個人で権利処理を行なうことは不可能に近いことです。
近年は、競技会やアイスショーの主催者が選手に代わり、JASRAC(日本音楽著作権協会)などの著作権等管理事業者を通じて上演権の許諾を取っていることが多いですが、そもそも厳密に言えば、振付師とともに演技を創作する前に、その音楽を利用してよいかどうかを著作権者もしくは権利管理事業者に確認する必要があります。
ただフィギュアスケート界では、この最初の段階で求められる権利処理作業は行なわれていないケースがほとんどです。したがって、クニエリム・フレージャー組に対する訴訟は、残念ながら起こるべくして起こったといえます。