町田 音楽は、演奏者がいて初めて聴衆に届きます。たとえばベートーヴェンの「《悲愴》ソナタ」を演奏するために、ピアニストは当時の時代情勢やベートーヴェンの心境など、作品の背景について深く学び、1音1音を解釈し、テクニックを磨き抜いてその1曲を仕上げていく。AIが楽譜を正確に読み取ってアウトプットするのとはまったく違います。演奏は作曲と同じくらいクリエイティブな行為だと思うのですが。
橋本 まったく同感です。そもそも法律の建付けがそうなのですが、著作権に比べ、著作隣接権は弱すぎると感じます。
町田 フィギュアスケートに限らず、バレエやダンスなどでも、演奏家への敬意が薄いように感じます。音楽があってこその身体表現なのですから、法律以前にリスペクトが大事で、氏名表示は最低限のマナーではないでしょうか。演奏家の氏名表示権や同一性保持権をめぐって、法的なトラブルになったケースはありますか?
橋本 著作隣接権に関するトラブルは、著作権に関するものと比べて少ないですね。演奏家の氏名表示にしろ、使用者側に「曲名と作曲者のみで、演奏家はクレジットしないのが慣行です」と言われてしまうとそこまで、といって争いにならないケースが多いのではないかと思います。
町田 そういう慣行は打ち破るべきだと私は思います。
橋本 そう、簡単に「慣行」だと言ってしまっていいのか、ということはずっと私も考えてきました。町田さんが同じ思いでいらっしゃったのは嬉しいです。
単純に視聴者目線としても、フィギュアスケートの音楽が誰の演奏かはぜひ知りたいです。そう思っている視聴者は、少なくないのではないでしょうか。
同じ曲でも、演奏家によって演奏自体が異なり、聴き手に与える音楽そのものに対する印象も異なります。演奏家が違えば、演技も違ってくるはず。きちんと演奏家の氏名表示をすることで、フィギュアスケートを見る楽しみも増えるのではないでしょうか。
町田 その通りですね。音楽に対して敬意を払い、かつ楽曲を丁寧に扱ってこそ、良い舞踊作品が生まれます。適切な氏名表示は、その第一歩だと言えるでしょう。