橋本阿友子さん×町田樹さん特別対談 #2 フィギュアスケートの振付・音楽演奏と著作権
音楽著作権が専門の弁護士・橋本阿友子さんと、元フィギュアスケートオリンピック選手で國學院大學准教授の町田樹さんが、フィギュアスケートに欠かせない音楽と著作権の関係を中心に語り合う特別対談。今回は、フィギュアスケートの振付の著作権や、フィギュアスケートで表示されない演奏家の権利はどうなっているのか、等について取り上げます。
ライター・編集者。東京都八王子市在住。早稲田大学第一文学部美術史専修卒、(株)ベネッセコーポレーションを経てフリーに。ダンス関係を中心に執筆。盆踊りからフラメンコまで...
フィギュアスケートの振付と著作権
橋本 町田さんは、「フィギュアスケートの振付が著作物である」ことを実証する論文を日本知財学会誌に発表されて、優秀論文賞を受賞されていますね。
町田 「スポーツは著作物ではない」とされてきたため、スポーツのいちジャンルであるフィギュアスケートの振付も著作物ではないと考えられてきました。でも、フィギュアスケートはたしかに氷上の身体表現ですし、中には後世に残すべき傑作演技もありますので、著作物として守られるべきだと思ったんです。
フィギュアスケートのプログラムは、通常一人の選手の、あるシーズンの競技会のためだけにオーダーメイドで振り付けられます。だから選手自身に、自分のプログラムが「作品」であるという意識は薄い。フィギュアスケート界に著作権意識が希薄なのも、そのあたりに関係があるのかもしれません。
橋本 フィギュアスケートのみならず、振付も著作物だといえる場合があるのに、振付師に印税が入る仕組みがない。JASRACのような一括管理事業者もない。当事者が自分の権利を知らないために、知らずに搾取されているという事態が起きていると思います。
町田 振付はTikTok「踊ってみた」動画などで二次利用、三次利用されていて、そこは振付家やダンサーのビジネスチャンスでもあるはずなのに、見過ごされています。ヒップホップ、ジャズなどさまざまなダンスの振付家が、業界横断的に手を取り合って振付著作権の一括管理事業者のようなものを構想することが、振付家・ダンサーの地位向上のためにも必要ではないでしょうか。
橋本 アーティストや実演家自身が、著作権について知らないことで業界にねじれが生まれてしまう。その意味でも啓蒙は大事ですね。
町田 フィギュアスケート界は、10数年前までは市場が小さかったこともあり、著作権をめぐるトラブルも少なかったのですが、最近は増えてきています。
2019年には、平昌オリンピック金メダリストのアリーナ・ザギトワ選手がエキシビションで披露した、ビリー・アイリッシュの《bad guy》を使った作品の振付が盗作だと、アメリカの振付家ジョジョ・ゴメスがSNS上で告発するという事件がありました。この件は、SNS上のやりとりで何とか穏便にすんだようですが、フィギュアスケートには、音楽と振付の著作権侵害のリスクが常にあります。使用する音楽や参照した振付への敬意を忘れてはいけません。
橋本 原則として、他人の著作物は許諾なく利用できません。当該他人の許諾を得ずに利用できるのは、「私的複製」や「引用」等の法律が定めた例外にあたる場合に限られます。また、例外によって利用する場合にも、出所を明示する義務が課される場合があります。
論文などで参考文献を引用するのと同じく、楽曲のメロディやダンスの振付も「引用」できる場合があるかもしれませんが、必ず出所は明示しなくてはなりません。「明示がなければ、引用として認められない」というのが、裁判所の基本的な考え方です。
ザギトワ選手の《bud guy》の場合、振付はほぼそのままだったにも関わらず、振付家の氏名を明示していなかったようですし、今回のケースでは、ゴメス氏の振付に著作物性が認められるならば、著作権法的にアウトだったといえそうですね。
町田 有名な振付が伴っている曲を使って作品をつくると、どうしてもその振付に似てきてしまう危険性はあります。たとえばラヴェルの《ボレロ》だと、モーリス・ベジャールの振付があまりにも有名です。私も自ら振り付けた《ボレロ:起源と魔力》という作品で、《ボレロ》の音楽を使いましたが、自分のウェブサイトに載せているセルフ・ライナーノーツに、ベジャール作品にもインスパイアされていることを明記しています。
橋本 メロディや振付の出所明示はなかなか難しいですよね。踊りの最中に「ここからここまでは、だれだれの作品です!」と表示するわけにもいかないでしょうから。町田さんのように、ご自身のSNSなどで出所明示をするというのは良い方法だと思います。
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