町田 もうひとつお聞きしたかったのが、2022年10月に出た「JASRAC・音楽教室裁判」の最高裁判決の影響です。生徒の演奏は著作権使用料の徴収対象にならないが、教師の演奏に対する徴収を認めるというものでしたね。フィギュアスケート教室も、音楽を使って選手を育成しているので、今後同じように徴収が及ぶ可能性があるのでしょうか。
橋本 可能性はありますね。JASRACは、これまで、カルチャースクールやダンス教室など、段階をおって徴収対象を広げてきましたから。
町田 私は、音楽を使用する以上、使用料を支払うべきだとは思っています。ただし、その額は最低限度であるべきだとも。音楽教室であれアーティスティックスポーツの教室であれ、未来の文化の担い手を育成しているわけですからね。そういうビジネスがないと文化は存続していきません。
最近、学校などの教育機関で使う著作物を、少額の補償金を払うことで、インターネット上で自由に利用できるSARTRAS(授業目的公衆送信補償金制度)という制度ができました。たしか、小学生ならひとりあたり年間120円、大学生で720円だったかな。あれに近い考え方で、教育機関の社会的意義も加味しながら金額を適正なところに設定することが、いちばん大事なのではないかと思います。
橋本 「音楽教室」裁判が始まったことで、多くの音楽教室は授業料を上げたんですよね。授業料が高くなったことを理由にやめてしまう生徒が増えれば、文化の担い手はどんどん減ってしまいます。そうなると、著作物が使われる機会も減る。つまるところ、著作権者自身の首を絞める結果になってしまう。
論文にも書いたのですが、2017年の時点でJASRACが発表した徴収率では、赤字になってしまう音楽教室が出てくる可能性があります。適正な徴収率の設定には、もっと音楽教室の経営実態に関するデータが必要ですね。
町田 アーティストが自分の著作権をマネジメントする上でも、経済学や経営学の視点は大事ですよね。著作権使用料は厳しく徴収したほうが著作者の利益になるのか、むしろ寛容にして、ある程度自由に使ってもらったほうが作品の知名度や著作者のイメージアップにつながるのか。
でも、そういう研究は少ない気がするので、私はその入り口として、フィギュアスケートの「ジャンル間転送」という消費者行動について研究しています。たとえば、ショパンの楽曲に振り付けたフィギュアスケート作品を観た観客が、その作品に触発されて、ショパンのCDを購入したり、その楽曲を弾いたピアニストのコンサートに行ったりすることがあります。こうした「転送」行動を検証することで、フィギュアスケートが音楽市場に対してどれほどの経済波及効果をもたらしているのかを可視化したいと考えています。
私は経済学の専門家ではないですし、この研究を推進していくためには大規模な社会調査を何度も実施しなければなりませんので、なかなか研究は進められていないのですが。
橋本 著作権は財産権であるにも関わらず、経済学的なアプローチで論じた研究はまだまだ多くはないように感じています。著作権法と経済学のコラボレーションは、今後ますます重要になってくると思います。