——インドという地を体験してからメータさんと共演して何を感じていますか? 彼は18歳までこのムンバイで育ち、その後ウィーンに留学して一躍スターになった方です。
ガジェヴ 彼は普段からメディテーションをしているのだろうということが音楽から感じられました。自然体で、指揮をしている最中は余計な思考を巡らせることなく、ただ感受性に従って音楽を生み出しているように思えました。
彼が18歳までインドで育ったのはとても良いことだったのだろうと思います。というのも僕は、音楽家にとってまず大切なのは、安定した人間性を持つことだと思っているからです。その年齢まで家族から離れず、故郷で過ごしたことは大きかったのではないかと。尊敬のある家庭で、規律のある教育を受けられたのでしょう。
彼は偉大な天分を持っていて、美的感覚が寛容です。特定の美の基準に縛られることなく、多くのことを受容してくれます。これは今の時代にはとても珍しいことだと思います。
——インドのオーケストラのレベルはいかがでしたか? インド人メンバーは実質的には十数名ほどではありますが。
ガジェヴ はじめから何の問題も感じませんでしたし、西洋の一般的なオーケストラと変わらないと思いました。
ただ……正直いうと、僕にはいまだに理解できていないのです。どうしてこの国に西洋のオーケストラが必要なのかということが。
オーケストラがあったらいいなと思う気持ちはわかるけれど、この国の現状をみると、緊急で必要なことはもっと他にあるのではないかと思うところもあって。貧困問題とか、河川の汚染とか。
——確かに、もともと豊かな音楽文化のあるインドにわざわざ西洋のクラシック音楽を持ち込む必要性もありません……同時に、興味を持っている人がいる限り、持ち込んではいけない理由もないとは思いますが。その意味では、かつての日本にも西洋のクラシック音楽を持ち込む必要はなかったといえるのかもしれませんけれど。
ガジェヴ それについて、以前考えたことがありました。僕、外見はオープンに見えるかもしれないけれど、実はとても懐疑的なところがあるんです。そのうえ、誰かが何かを強いられている状況がすごく嫌いなので、初めて日本に行ったとき、日本の聴衆は本当にこの音楽を求めているのだろうか、実際には必要ないのではないかと思ってしまったのです。
でもそれは僕の誤解でした。というのも、西洋のクラシック音楽作品の多くは哀しみに寄り添うもので、日本人はヨーロッパの人々と同じ感覚でここに拠り所を求めているのかもしれないと気づいたのです。
特に第二次世界大戦では、日本は原爆が投下されたたった2日で、常に戦争を繰り返していたヨーロッパの500年分に追いつくほどの悲劇を体験してしまった。それで現代の日本人は、クラシック音楽の世界に共感するのではないかと。
僕自身は18世紀末から19世紀初頭にかけての音楽がいちばん好きなのですが、おそらくそれは、戦争のなかった時代に書かれた音楽だからだと思います。
話をインドに戻すと、この国は植民地時代に多くのものを失ったけれど、音楽は失わなかった。今は少しずつインド古典音楽の人気が衰退してきていると聞きますけれど。でもだからこそ、この土地にオーケストラが存在する意味とはなんだろうと考えてしまうんですよ。
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……というわけで、メータさんとの共演の感想を聞いたはずが、日本におけるクラシック音楽の受容はなぜ進んだのか論に発展してしまいました。
“オープンに見えるかもしれないけれど、実はとても懐疑的なところがある”って、ガジェヴさんの普段の発言を聞けばすぐにわかるような気もしますが(常にいろんなことに疑問を持っている)、そんな一面を今回もしっかり見せてくれました。
実はガジェヴさん、インドでの本番の後に1週間ほど時間をとり、ヨガのアシュラムでメディテーションをしたいと以前から張り切っていました。今回、そのうちの数日をご一緒することになったので、後編ではその様子をお届けします!