ショパンらしい演奏に求められるのは音楽的知性やひらめき

——“ショパンらしい演奏”とはどのような演奏のことでしょうか?

オールソン まず第一に、ショパンを良く弾くピアニストというのは、当然ながら優れた技術力を持っていなければなりません。それは単に速く弾けるか、間違えずに弾けるかという話ではないんです。ひじょうに難しい音符を、美しく、深く理解したうえで演奏できるか、そこが重要なんです。

たとえばエチュード第1番(作品10-1)は、本当に美しく響くべきです。それを聴いた人が「うわぁ、なんて速くて正確なんだ!」だけではなく、「なんて美しいんだ」と感じることこそが大切です。速く正確に弾く人は今やたくさんいますし、それ自体は珍しいことではありません。

私がショパンを演奏する人に求めるのは、まず優れた音のコントロール力、ショパンやそれ以外の音楽でも重要な、さまざまな音量の幅や音のバランスを自在に操る力です。ショパンを弾くには、真の“音の芸術家”であることが求められるんです。

オールソンが弾くショパン:エチュードOp. 10-1

オールソン さらに、ショパンの複雑な音楽構造を理解する音楽的知性も必要です。彼の音楽はとても複雑で、決してシンプルではありません。演奏するには、多くの判断を下さなければならない。構造を理解しつつ、それをどう表現するかを考える必要があります。

でも同時に、即興的な魔法のようなひらめきや即興的な演奏の感覚も必要です。きっちり構築された「だけ」の演奏は、乾いた印象になってしまい、面白みに欠ける。かといって、香り立つような音色や甘さばかりを追い求めても、それはそれで“胃もたれ”してしまう(笑)。

つまり、ショパンを演奏するには、「構造」と「即興性」のバランスがとても重要なんです。ですから難しいのは、ショパンに感情移入をする必要もあるし、しかし古典的な制約を理解するのも必要ということです。

この両立を実現できる演奏家というのは、実はそう多くはありません。実際、どんなに優れたピアニストでも「ちょっとやりすぎだな」と思うことはありますし、それに対する評価は人それぞれです。ショパンコンクールのような国際コンクールでは、審査員の間で意見が分かれるのも当然なんです。芸術とはそういうものですから。AIでもなければ、答えがひとつしかない科学の問いでもない。私たちはロボットではなくて、違いこそが求められているのです。