稲垣 舞台の音楽はほとんどがピアノ・ソナタで構成されていて、実際にピアニストの方が生で演奏してくださるので、その力が大きいです。

ところで平野先生、交響曲第1番と第2番は、どうやって聴けばいいのでしょうか? 退屈だって言われてしまうこともありますが……。

平野 研究者的に言うと、第1番ってとんでもない曲なんです。

稲垣 そうなんですか!? でも、初演では評価されたんですよね?

平野 評価はされましたね。当時のウィーンでの新聞評では、ハイドンやモーツァルトに比べて、管楽器の使い方が本当にとんでもないと書かれました。

稲垣 それだけ期待されていたんですか? ベートーヴェンにとっての交響曲第1番というのが。

平野 そうですね。ハ長調なんですよね。最初の和音がドミソにシ♭がついているんですよ。要するに、C7みたいな感じで、そんな始まり方はしないものだったんですよ。

稲垣 でも現代だったら、センスいい……? 7thが入るって。

平野 そうなんです。7thからFにいって、G7からCにいかないでAm。

稲垣 現代音楽で使われそうですね!

ベートーヴェン:交響曲第1番の冒頭

ベートーヴェン:交響曲第1番、第2番

平野 交響曲第1番は、たいてい、ハイドン、モーツァルトの伝統的なスタイルからまだ抜け出ていなくて、ベートーヴェンの個性がないって言われるけど、そんなことはない。

稲垣 実はとんでもないこともしているんですね。面白いですね。1番は個性がないと言われることもあるけど、そういう聴き方もできるんですね。

平野 それから、第2番の第1楽章の序奏部には、実は「第九」を思わせるフレーズが入っています。そういうふうに聴くと第1、2番は決して退屈ではないんです。

稲垣 なるほどね。ちょっと交響曲をまた聴き直さなきゃ。

平野 うん、9曲しかないんだから、交響曲。

稲垣 長いよ!(笑)

平野 いや、ハイドンは108曲ね。モーツァルトも41番までって言われているけど、当時コンサートで演奏されたのは69曲。19世紀になって、楽譜を出版したときに41曲って決められて、そこから漏れたものが20曲以上あるそうなんですよ。それに比べると、ベートーヴェンは後にも先にも9曲ですので!

稲垣 たっぷり秋の夜長に聴けますね(笑)。

平野 1曲ずつがみんな違うから。ハイドンやモーツァルトは、何曲かは似た曲がいっぱいあるんですよ。宮仕えしていたので、お客様用には前衛的な作品はだめなんです。そのときの流行りのスタイルで、聴き心地がいいものだから、どんどん書けたわけだけど、ベートーヴェンは宮仕えじゃなくて、作品を売って生計を立てていたので、 同じような雰囲気の作品を持っていっても、出版社さんが買ってくれない。だから、1曲1曲が全然違うわけです。

稲垣 そういうのも現代に繋がっていますよね。

平野 書こうと思えば、ハイドン的なものだったら、ベートーヴェンだって1週間で100曲くらい書けたと思いますよ。

稲垣 そうだったんですね。だからベートーヴェンの作品はどの曲もキャッチーだし、同じ人物が書いたとは思えないようなところがありますね。曲によって、心が分裂しているかのような。

平野 ああいう人ですからね、稲垣さんは何年も演じられているのでおわかりかと思いますが(笑)。