民謡としての《野ばら》の魅力

冷たくあしらわれたシューベルトだが、ゲーテの詩に対する関心を失わなかった。一体、どこに惹かれたのだろう。

『ゲーテ歌曲集』に収められている《野ばら》や《魔王》の詩は、ゲーテが若い頃に書いた。当時のゲーテは、技巧的なフランス風の文学に反発し、民謡風の詩を作っていた。そうした理想は、《野ばら》のシンプルな形式にも表れている。朗読しやすいシンプルなリズムが、歌曲に向いていたのだろう。実際、ドイツ語の抑揚とシューベルトの音型がピッタリと合っている。

《野ばら》の詩には、モデルとなった作品がある。1602年に編纂されたパウル・フォン・デア・エルストの詩集にも、「彼女はまるでバラのよう」という民謡が載っており、「野中のバラ」というフレーズが登場するのだ。

テオドール・シュトレーファー作の絵はがき

ゲーテがエルストの詩集を読んでいたのは、思想家ヘルダーの影響である。ヨーロッパ各地の歌を調べていたヘルダーは、ゲーテの師にあたり、民謡風の詩を作るよう勧めていた。

ヘルダーの本では、ゲーテの「野ばら」が“口伝えの歌”として紹介されている。しかし、その詩はシューベルトが曲をつけたものと少し違っている。出版後も、ゲーテは推敲を重ねたのだろう。完成した「野ばら」は、シンプルな内容でありながら、洗練された響きを持っている。素朴さと芸術性の調和が、天才シューベルトを引き付けたのかもしれない。