名だたる武将を虜にした知性の持ち主

だがクレオパトラの人生をよくよく見れば、「傾国」というより「救国」の美女と呼びたくなる。クレオパトラは女王であり、母国ではそれゆえに女神とみなされていた。

カエサルやアントニウスを誘惑したのは、きょうだいとの王位争いに勝利し、子供を作ってエジプトの王位を継がせるためだった。

楊貴妃やヘレネの場合は、権力者がその美しさに夢中になったあまり、愚かな争いが起こって国が滅んでしまった。彼女たちはあくまで受け身であり、自分から動いたわけではない。

クレオパトラの場合は、恋もあったが、それ以上に女王としての意思が強かった。

ピエトロ・ダ・コルトーナ:クレオパトラをエジプト女王へ据えるカエサル

クレオパトラは知的な女王だった。紀元前3世紀に建てられ、およそ10万冊を所蔵していたというエジプトのアレクサンドリアにあった大図書館の蔵書を読み漁り、ローマにも図書館を造るようカエサルに勧めた。

語学にも堪能で、話術も巧み。声も美しく、カリスマ性に溢れていたという。だからこそ、ローマの将軍や自国の民衆を征服できたのだろう(クレオパトラはエジプトの民衆にも人気があった)。

ただし、男性優位のローマ社会では、誇り高く自己主張が強いクレオパトラは嫌われたという。それが、カエサル失脚の一因となったことは事実だ。

だが一般には、クレパトラの知性より、彼女の人生のドラマティックなエピソードの方がよく知られている絨毯の中から現れるという劇的な出会いを演出してカエサルを虜にしたとか、エジプト・コブラに胸を噛ませて自殺したとか……。この手のエピソードの大半には信憑性がないが、絵画や物語の格好のネタになり、クレオパトラの知名度を上げたのは確かである。

グイド・カニャッチ:クレオパトラの死