マリーが他の多くの愛人稼業の女性と違っていたのは、「美」に対する審美眼があったことだろう。(パリの)「ベストドレッサー」と讃えられた彼女のファッションセンスは賛美の的だったが、芸術に対する姿勢もそうだった。古典文学を読み、ピアノを弾き、アンティークの家具でアパルトマンを飾る。愛らしい声は「とても楽しい」「面白い」話題に富み、周囲を感嘆させた。芸術家たちが夢中になるのも無理はない。
マリーに入れあげた芸術家の中でもっとも有名なのは、彼女との数か月の恋の顛末を美化し、処女小説『椿の花を持つ女(=邦訳『椿姫』)に結実させて大ヒットを放ったアレクサンドル・デュマ・フィスだろう。デュマはマリーを、彼の父に別れを強制され、彼を思いつつ亡くなった純愛の娼婦に仕立て上げた。実際の二人は「金の切れ目が縁の切れ目」で別れたのだが。
デュマの有名な手紙が残っている。
「僕は君を想いのままにするほど金持ちではないし、君の思いのままになるほど貧乏ではない」。