マリーが亡くなったとき、ヴェルディの傍らにいた女性

マリーが亡くなってしばらく後、ヴェルディはパリにいた。オペラ作曲家として認められ始め、ヨーロッパ一の劇場であるパリのオペラ座からも依頼が来るようになっていたのだ。有名な娼婦の死の知らせは、彼の耳にも届いたことだろう。

彼の傍には一人の女性がいた。ヴェルディの3作目のオペラで、出世作でもある《ナブッコ》でヒロインのアビガイッレを歌ったソプラノ歌手、ジュゼッピーナ・ストレッポーニである。ヴェルディは33歳、ジュゼッピーナは31歳。まだ現役で活躍できる年齢ではあったが、早くに声を失ってしまったため、パリに移って声楽教師をしていたのだった。

ジュゼッピーナ・ストレッポーニ

だが彼女には過去があった。現役時代、マネージャーや歌手といった複数の男性の間に、死産を含めて少なくとも4人の子どもを産んでいたのだ。子どもたちは里子に出されたり、棄て子養育院に預けられたりした。当時そのような例は決して珍しくはなかったが、第一線で活躍中の歌手が繰り返し私生児を産んだことはやはりスキャンダルだった。

ヴェルディと結ばれた後も、この過去は彼女を、そしてヴェルディを苦しめた。二人はパリからヴェルディの故郷ブッセートに移るが、正式な結婚をしていなかったこともあり、白い目で見られた。イタリアの典型的な田舎町であるブッセートでは、彼女の過去に対する非難の激しさは大都会のパリやミラノどころではなかったのである。

二人の恋は、もともとあまり折り合いが良くなかった実の父とヴェルディを決裂させた。ヴェルディの最大の理解者で、最初の妻で若くして亡くなったマルゲリータの父バレッツィも、非難めいたことを口にしたらしい。

さらにいえば、ジュゼッピーナはこの時期ヴェルディの子どもをみごもった可能性があり、生まれた女児はフェッラーラの棄て子養育院に預けられたと伝えられる。しばらく前に、彼女の玄孫だという兄弟が名乗り出て話題になった*

*詳しくは Simone Fermani, Giovannni Fermani : Giuseppe Verdi e la trovatella di Ferrara, Monaco 2015 を参照

《椿姫》あらすじ

19世紀半ばのパリ。売れっ子の高級娼婦ヴィオレッタは、刹那的な生活がたたって結核を患っていた。以前から彼女に憧れていた青年アルフレードは、彼女の体を心配し、心からの愛を打ち明ける。ヴィオレッタもその想いに打たれ、真実の恋を予感する。

 

夜の世界を引退し、アルフレードとパリ郊外で同棲するヴィオレッタのもとに、アルフレードの父ジェルモンが現れ、アルフレードの妹が結婚するのであなたの存在が邪魔だ、息子と別れてくれと迫る。ヴィオレッタも泣く泣くそれを受け入れ、理由を言わずアルフレードに別れを告げるが、棄てられたと信じたアルフレードは激怒。仮面舞踏会の席で彼女を罵倒する。

 

ヴィオレッタの病状は急速に進んだ。彼女の唯一の望みは、アルフレードがもうすぐそちらへ行くというジェルモンからの詫びの手紙だった。だが待っても待っても彼は来ない。絶望するヴィオレッタ。

 

音楽が沸く。アルフレードがやってきたのだ。二人はパリを離れて一緒に暮らそうと誓うが、ヴィオレッタの命はすでに尽きていた。駆けつけたジェルモンも見守る中、ヴィオレッタは息を引き取る。