リサイタル前半では、ほのカルの面白いところ、後半ではコンクールの成果を

――12月のリサイタルでは、ハイドン、メンデルスゾーン、ベートーヴェンを弾きますね。この3曲について、どのような魅力を感じていらっしゃいますか。

岸本 ハイドンは、宗次コンクールを受けた時に課題曲だったんですけど、その課題曲のハイドン賞をいただいたのをきっかけに、私たちにはハイドンって合ってるんだなっていうので、そこから好きになって取り組むようになりました。

メンデルスゾーンは、これも私たちのカラーによく合っている。とにかくメンデルスゾーンはファースト・ヴァイオリンが大変なんですけど、それでも個人的にもすごく好きな作曲家なので、できれば全曲制覇したい。ベートーヴェンは、コンクールのファイナルで演奏した曲ですから

 サントリーホール室内楽アカデミーへの恩返しという意味でも、ファイナルで演奏した曲を。東京の皆さんに聴かせたいですね。

岸本 もう1回作り直して。

5月に行なわれた大阪国際室内楽コンクールの弦楽四重奏部門ファイナル。ほのカルテットによるベートーヴェン「弦楽四重奏曲第12番」の演奏

――楽しみですね。ほのカルテットとしての今後の目標は、メンデルスゾーンは全部やると?

 やります!(全員笑)

蟹江 多分、メンデルスゾーンがいちばん最初にコンプリートされる作曲家なんだろうなっていうのは僕も勝手に思っていました。

岸本 メンデルスゾーンは幸福度が高いんです。弾いていて人間味があって共感できる部分が多い。

 楽しいんですよね。このメンバーに合っている。演奏していて、各プレイヤーにいっぱい聴きどころがあって、小節ごとにも変わってくる。聴いていても楽しいと思います。

蟹江 とくにこの作品44シリーズの3曲は、本当に精密に考えられていて、ちゃんと構築していかないといけない。そこが本当にこの4番の魅力でもあると感じています。

蟹江慶行
愛知県名古屋市出身。10歳よりアメリカにてチェロを始める。2017年に東京藝術大学音楽学部、20年に同大学院を卒業。第68回全日本学生音楽コンクールチェロ部門第2位。18年1月に東京交響楽団チェロ奏者に就任。これまでに、O. ドルガーヤ、林良一、高木俊彰、山崎伸子、中木健二に師事

――6月の「サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン」では、ヴェーベルンの《ラングザマー・ザッツ》を演奏されましたけれど、20世紀の作品、あるいはもっと新しい作品に対しては?

 コンクールではヴェーベルンの「5つの楽章」(作品5)もやりましたし、新しい作品にもこれからもちろん挑戦していきたいと思っています。でもいまはやっぱりハイドンとベートーヴェンを。とくにベートーヴェンはまだ全曲やっていないので、そこをいっぱい経験したいっていう方が大きいですね。

林周雅
東大阪市出身。佐渡裕率いるスーパーキッズ・オーケストラにてコンサートマスターを務める。全日本学生音楽コンクール大阪大会小学校の部第2位。横浜市民賞受賞。題名のない音楽会プロジェクト「題名プロ塾」にてプロデビューを果たす。ジャンプSQミュージカル「憂国のモリアーティ」ヴァイオリン担当

――いいですね。コンクールでハイドンが評価されたっていうのは、実はとても名誉あることのように思うんですけれど、ハイドンについて、もし補足があれば。

 この曲のタイトルにある《冗談》、まだ僕たちも練習中なんですけど、第4楽章が、どこで終わるのか?みたいなジョークのあたりは、初めて聴いた人でもワクワクするような、遊び心が絶妙に入ってくるのに気品があって、やっぱり素晴らしい作曲家だと思います。

蟹江 《冗談》は、ほのカル4人の人間性がいちばん出やすいんじゃないかと思って、今回僕がプログラムに提案させてもらったんです。この4人が楽しそうにちょけてる(関西弁で「ふざける」「おどける」の意)のを、音楽を通してお客さんに見ていただきたいなっていう気持ちがあって。

前半2曲はほのカルの面白いところ。後半はコンクールでほのカルがこんなだったよっていうのを見せられればいい、と思っています。

サントリーホール室内楽アカデミーにおいて、講師の前で演奏するほのカルテット
講師の磯村和英さん(元・東京クヮルテットのヴィオラ奏者)
講師の池田菊衛さん(元・東京クヮルテットのヴァイオリン奏者)

サントリーホール室内楽アカデミーとは:2010年に開講。 学業期を終えてプロフェッショナルを目指す若手演奏家の成長と成熟を図り、修了生のキャリアアップを支援している。 これまでに、葵トリオ(ピアノ三重奏、2018年ミュンヘン国際音楽コンクール第1位)のメンバー3人や、クァルテット・インテグラ(弦楽四重奏、2022年ミュンヘン国際音楽コンクール第2位・聴衆賞)など、若き室内楽奏者を輩出してきた。
国内外の第一線で活躍する音楽家とともに、世代を超えて室内楽の喜びと真髄を分かち合う若手演奏家の“育成の場”であり、「サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン」への出演や、地域に出向くアウトリーチなどを通じて、室内楽の楽しさと深みを聴き手と分かち合う“演奏の場”も提供している。

取材を終えて

笑いの絶えなかった楽しいインタビューを通して、常に最初に口火を切るのがいちばん年下の林さんなのがまず印象的だった。年上のメンバーに対しても臆することなく、堂々と意見を述べるのが、もっとも若いセカンド・ヴァイオリン。昔は佐渡裕指揮のスーパーキッズ・オーケストラでコンサートマスターをやっていた経験に由来するリーダーシップもあるのだろう。

昭和の感覚なら、学年が一つでも上だったら先輩に対して気さくに名前を呼び捨てなどありえないことである。でもこのあたりのおおらかさと自由さはとてもうらやましいと思った。ファーストの岸本さん、ヴィオラの長田さん、チェロの蟹江さんともども、みな個性的でいいチームワークである。

インタビューのあとは、ハイドン《冗談》を課題にした室内楽アカデミーを見学させていただいた。この日はファカルティとして、元・東京クヮルテットのヴァイオリン奏者・池田菊衛さんとヴィオラ奏者の磯村和英さんが参加し、ほのカルテットの演奏にアドバイスを送った。

「指定のテンポ通り弾かなくてもいいから、ここはもっと克明でいいのでは」

「ここはちょっと叙情性を持たせたらどうかな」

「健康的すぎない? ここはうらぶれた悲し気なところがあってもいいと思うよ」

室内楽のレジェンドである池田さんも磯村さんも、ほのカルテットの演奏について「申し分ない」と称賛し敬意を払いながらも、「こうやってみたら?」と言う感じがとても誠実で、横で見学していても心温まる室内楽アカデミーだった。

このようにして、伝統の継承がおこなわれていくのだと実感できる時間だった。

林田直樹

公演情報
ほのカルテット リサイタル

サントリーホール室内楽アカデミー特別公演 大阪国際室内楽コンクール2023弦楽四重奏部門第2位記念

日時:2023年12月19日(火) 19:00開演

会場:サントリーホール ブルーローズ

出演

弦楽四重奏:ほのカルテット *サントリーホール室内楽アカデミー第7期
ヴァイオリン:岸本萌乃加
ヴァイオリン:林周雅
ヴィオラ:長田健志
チェロ:蟹江慶行

曲目

ハイドン:弦楽四重奏曲 変ホ長調 Hob. Ⅲ:38《冗談》
メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲第4番 ホ短調 作品44-2
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第12番 変ホ長調 作品127

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林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...