愛によって、完璧なまでに壊れていく男。 登場人物に紐づいたメロディが、ドラマの道標になります

——『マノン』も同じケネス・マクミランの振付で、まさにマスネの音楽にドラマが導かれていく作品だという気がします。ユーゴさんが踊られるデ・グリューという人物について、どのようにとらえていらっしゃいますか。

ユーゴ デ・グリューは大好きな役です。21歳で初めてドロテ(・ジルベール)と踊って以来、ずっと彼女と踊っています。

『マノン』は、とても深い構造をもつバレエです。まるでイニシエーション(通過儀礼)の旅のような、生と死をめぐるひとつの円環を描くような作品なのです。

約4年ぶりに日本公演を行なったパリ・オペラ座バレエ団『マノン』より。主演のドロテ・ジルベール(マノン)とユーゴ・マルシャン(デ・グリュー)

Photo: Kiyonori Hasegawa

ユーゴ デ・グリューを踊る上で大切にしているのは、彼が騎士だということです。カトリックの騎士修道会、マルタ騎士団への入団が決まっていて、とても厳格な教育を受けてきている。良識を備えた高潔な人間でありながら、美少女マノンへの愛によって、嫉妬や裏切り、セックスといったものを経験し、彼自身のあり方がまったく変わってしまうんです。一人の人間が完璧なまでに壊れていく。その過程を踊るのが、このデ・グリューという役です。

『マイヤーリング』もそうですが、マクミランの作品には愛や暴力、闘いや死といったプロセスが繰り返し現れてくる。そのすべてを踊ることは、ダンサーにとってとても豊かな経験ですね。

——そのプロセスを表現するにあたって、音楽の要素は大きいのでしょうか。例えば1幕、マノンとの出会いのソロは、未知への憧れを感じさせるような曲。ユーゴさんの端正なポーズの一つひとつ、床に柔らかく足を下ろす動きにまで、デ・グリューの誠実さや優しさがにじみ出ていると感じました。それが2幕になるとまったく印象が違う。マノンが老富豪にもらった高価なブレスレットに執着しているのを見て、デ・グリューが激しく怒るシーンがありますね。まるでユーゴさんの中にいる別の男性が、情熱的なメロディに呼び出されて現れたようでした。

ユーゴ バレエ『マノン』は、マスネのいろいろな楽曲を編曲してつくられているのですが、その音楽がすごく面白いんです。登場人物のそれぞれが、楽器やテーマを持っているんですよ。マノンのテーマとして、『エレジー』のメロディが繰り返し現れますが、デ・グリューのテーマも同じコードで出てきます。キャラクターに紐づいたメロディが舞台上で演技を導き、今、その人物がどんな局面にあるかを発見させてくれるんです。

とはいえ、演奏が毎回新しく生まれるように、演技もダンサー自身の経験を経て変わっていきます。ブレスレットを投げ捨てるシーンは、今回のリハーサルでは、以前ほど暴力的でない方向性でやってみようと考えています。本番では、また変わるかもしれませんけれど。