なんと細やかで、若々しく、汚れのない音楽

そんな小澤の音楽はどうだったか。それは、彼のディスコグラフィーからうかがうこともできる。とても広汎なレパートリー。ただ、その柱になる作曲家だとか、ジャンルといったものが見当たらない。個人的には、フランス近代音楽に軸足を置いている演奏家というイメージをもっていたが、実際に録音した数は目立って多いともいえない(なにせ、ドビュッシーのレコーディングは、《選ばれた乙女》1曲だけなのだ)。

ドビュッシー:カンタータ《選ばれた乙女》(小澤征爾指揮 ボストン交響楽団、タングルウッド祝祭合唱団、フレデリカ・フォン・シュターデ)

カラヤンやミュンシュ、バーンスタインなどの影響を適宜トッピングしながらも、伝統芸能の継承者のように、師匠である齋藤秀雄の教えを終生に渡って守ったのが小澤だった。影響を受けた先人の音楽の方向性を何一つ否定することなく、そのすべてを受け入れていくような姿勢さえ思わせた。

だから、その音楽には、気持ちいいばかりに自我がない。こんなことを表現してやろうという意図さえない。スカッと爽やか。とかく勉強熱心な小澤が丹念に楽譜を読み、その成果を無心といった境地で、サウンドをデザインしていく。

だから、ドイツものはひたすら真面目一本槍に聞こえる。それが、ストラヴィンスキーやプロコフィエフになると、楽譜を勉強した純益がそのまま音楽の成功に繋がる。なんと細やかで、若々しく、汚れのない音楽であろうか。

ストラヴィンスキー:バレエ《ペトルーシュカ》より「ロシアの踊り」(小澤征爾指揮 ボストン交響楽団)

ストラヴィンスキー:バレエ《春の祭典》より「春のきざし」(小澤征爾指揮 シカゴ交響楽団)

プロコフィエフ:バレエ《ロメオとジュリエット》より「決闘」(小澤征爾指揮 ボストン交響楽団)