自分の性格の陰の部分も音楽に奥行を与える

——音楽的に最も影響を受けていること、音楽的なキャラクターを作っているものはなんだと思いますか?

音楽には人間が全部出ると思うので、私も自分が出ているのだろうと思います。

 “エニアグラム”という、人間の性格を9タイプに分けて分析するものがあるのですが、私はそれでいうと「タイプ3」。人前ではキラキラした元気な人のように見せて、一人になったり失敗したりしたときは、落ち込んで家から出なくなる、とあります。

よく、見た目と演奏にギャップがあると言われることがあるのですが、この「タイプ3」の説明を見たとき、自分でもすごくしっくりきました。人前だと、口角を上げて笑ってしっかりしようとするのだけれど、何か嫌なことがあって一人になったら、カツ丼とストロングゼロを買って、「もうイヤだ!!」って言いながら坂道を走って帰るようなタイプなんです(笑)。

そういうところも、全部演奏に出るのかなとは思いますね。それで多分、明るい一辺倒の音楽にはならないのだと思います。嫌なこと、辛いこともありますが、音楽にとってはそれも強みになるのでしょう。

あとは本を読むことが好きなので、それも影響していますね。

——読んだ本は、結構すぐ音楽に影響するほうですか?

そうですね、ものすごく、すぐ影響します(笑)。

——最近読んだ本で刺激を受けたものは?

物語本については、私はわりと同じものばかり繰り返し読むほうなのですが、先月は、『ハリー・ポッター』の古い大きな本のシリーズを1から読み返していました。

あと、こちらに持ってきた本には『杜子春』『「がんばらない」人生相談』という、14歳のための人生相談シリーズの本があります。

それと最近は、YouTubeの本の紹介チャンネルで知った『アルケミスト』がおもしろかったです。

——幅広いですね! 

第76回ジュネーヴ国際音楽コンクール・ピアノ部門ファイナルで演奏する五十嵐薫子さん© Anne-Laure Lechat

人が声に出さなくても抱えているものを解放するための力になれたら

——今後ピアニストとしてこのように進んでいきたい、というようなお考えはありますか?

セミファイナルのリサイタルのプログラムノートに、「VOICE」という選曲のテーマについて書きました。この、“それぞれが自分の声を解放できるように”ということは、私が演奏するうえでずっとテーマとして持ち続けていることです。

私も含め、きっとみなさんがそうでしょうけれど、どこか孤独だったり、場合によっては病気だったり、ふだん人前で声に出して言うことはないけれど、抱えているものがあるのではないかと思います。私の演奏を聴くことが、少しでも、それを解放するための力になったら嬉しいなと思っています。

——あのプログラムノート、ふんわり始まったと思ったら、最後にすごく濃いメッセージが書いてあって、よかったですよね。

そうですか? 最後に追い上げましたか(笑)!

——では振り返って、コンクール中のいちばん印象的な出来事はなんでしたか?

今、演奏が終わった疲れた頭で考えて思い出すのは、やっぱり毎日通った湖のことですね。今まで湖ってちゃんと見たことがなかったのですが、凪いでいて、対岸が見えて、湖っていいなと改めて思いました。日本に帰ったら琵琶湖に行こうと思います(笑)。

——日本で応援してくれていたファンのみなさんに伝えておきたいことはありますか?

みなさんからは、本当に助けられています。それを特に実感したのは、去年のショパン・コンクールのときでした。コンクールでは、多くの方は入賞者にしか興味がないものだろうと思っていましたが、思い通りの結果にならなくても、また演奏を聴きに行きたいと言ってくださる方がたくさんいました。おかげで結果だけにとらわれず、自分の道を進めばわかってくださる方がたくさんいるんだ、自分ができることをすればいいんだなと思えるようになり、肩に余計な力が入らなくなりました。とても感謝しています。

第76回ジュネーヴ国際音楽コンクール・ピアノ部門セミ・ファイナルにおける、五十嵐薫子さんのソロ・リサイタル【曲目】シューベルト/リスト:水の上で歌う、君はわが憩い、糸をつむぐグレートヒェン、魔王、ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第29番《ハンマークラヴィーア》

第76回ジュネーヴ国際音楽コンクール・ピアノ部門ファイナルにおける五十嵐薫子さんのコンチェルト【曲目】プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番

高坂はる香
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...