——コルカタは、西洋クラシックの演奏家が活動する場所として、どうですか?
アヌープ しっかりプロモーションをして人々に広めたら、西洋クラシックはヒットする可能性があると思います。若者たちは、みんな西洋に憧れていますから。
一方、演奏家を目指す若い人が増えるには、成功したモデルの存在が不可欠です。私は年に3、4回学校の子どもたちを教えていますが、いつも、私も君たちと同じ立場だったと伝えています。いつか私のような活動ができる日がくると思ってもらいたいから。
インドにはいろいろな文化がありますが、私は紛れもないベンガル人です。ベンガル人には豊かな芸術の精神があります。タゴール、アマルティア・センと、ベンガル人にはノーベル賞受賞者が2人もいるんですからね! あと、ラヴィ・シャンカール(世界的なシタール奏者)もベンガル人です。ベンガル料理もすばらしい。
ベンガル地域に根付いた何かをすることが、私の次のステップ。いつか、この学校の卒業生などでベンガル・フィルハーモニー・オーケストラを作ることが夢です。
西ベンガル州
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自分が教わったこと、受け取ったものを、次の世代に伝え、社会に還元してゆくことが使命——教育活動に携わる演奏家には、そんな想いを抱いている方が多いと思います。
しかし、アヌープさんのケースは、もはやイギリスとインドという国家間の歴史的事情まで内包した、壮大な「還元プロジェクト」のように思えます。
以前の記事で、インドでは今、受験に有利という理由で西洋楽器を習う子どもが増えていると紹介しましたが、彼らは受験が終わると楽器を辞めてしまうケースも多いそうです。
そう考えると、次のインド生まれのクラシック界のスターは、純粋に音楽を拠りどころに生きている、この学校の子どもたちのようなところから出てくるのかもしれない。そんな風に思いました。
ところでこの記事を書いていたところ、子どもの受け入れ数を増やすために建設中だったマシスン音楽学校の寮の工事が、新型コロナウィルス蔓延の影響でストップしてしまったこと、また、西ベンガル州政府から学校閉鎖の通達が来てしまったという知らせがありました。
インドはすでに全土封鎖状態。医療体制が脆弱であること、都市スラムなど人口密集地域で感染が広がりやすいことを踏まえて、早めの対応がなされていました。
(ちなみに外出禁止の中、外に出た人を警察官がスクワットさせている動画が出回っていましたが……これまでなら100%棒で殴っていたところ、むしろ罰が一部スクワットになったのは改善だと思ってしまいました。インドのおまわりさんは、ちょっとしたことで本当にすぐ棒で殴ります。今も大部分は殴っているでしょう)
学校が閉鎖されたら、貧困家庭の子どもたちはどうするのか。そこでイギリスのマシスン理事会は食糧支援を行なうことを決定し、ドネーション(寄付)を募っているそうです。
みんなが自分の暮らしと安全のことで精一杯の今日この頃。この状況で、もともとギリギリの暮らしを送る人々には、想像以上の困難が迫りつつあります。