外部からの介入で何が起こり得るのか

さて、このコロニーで活動するNGOは、彼らに国内外の仕事をあっせんすることで、経済的自立を支援していました。

優れたパフォーマーは、海外のフェスティバルでギャラを受け取り、それで大家族を養います。海外では誰もカーストの身分など気にせず、アーティストとして敬ってくれる。五つ星ホテルに宿泊し、夜はパーティ三昧。女性にもモテる。

パフォーマーは経済的な安定と伝統の継承者としての自尊心の両方を手に入れ、結果的に、消え行こうとしている伝統芸能も守られる……そんな効果が想定されています。

きちんとした舞台セットで人形による演劇を披露することもあります。

ただ現実には、帰国後の生活とのギャップに泣けてくると話す人がいたり、仕事争奪戦が激化しすぎて騙し合いが横行していたりと、表面化しにくいさまざまな問題もありました。有名なアーティストに仕事を依頼しようと訪ねてきた外国人に、その人は死んだといって、仕事を横取りする、なんていう話はしょっちゅうでした。

なかでも、かつて一番よく聞いたトラブルが、妻と外国人の恋人の間で板挟みになった男たちの修羅場エピソードです。前述のとおり、彼らの多くは同じカースト内から結婚相手が選ばれ、10代半ばのうちに結婚しています。

しかし、海外でステージに立つとモテるのをいいことに、外国人の彼女を作ってしまう。今でこそみんなスマホを持っていますが、昔はNGOのオフィスの電話で、スタッフに通訳までさせて“浮気相手”と連絡を取っていた人もけっこういました。結局それがバレて、奥さんがNGOに、自分の夫にもう外国の仕事を与えないでくれ! と懇願しにくる事例もあったほどです。

これは実は、取るに足りない色恋沙汰ですむ問題ではありません。外部者の介入により、起きるはずのなかったトラブルや、男女の地位の格差拡大が起きてしまったという、研究に値する現象なのです。そんなわけで私は、大真面目にそういう事例についても聞き取り調査をしました。

いつか彼らとプロジェクトを立ちあげるときのため、みんながどんな問題を抱えて生きているのか、外からの作用が働くことで何が起こり得るのかを知っておきたいと思い、半年間、フィールドワークを行ない、論文にまとめたのでした。

色の粉をかけあうヒンドゥー教の春のお祭りホーリーを、パフォーマーの家族と祝った日の写真。2004年です。
こちらは2018年。上の写真の一番右の少年が大きく育ちまして(左に座っている白いシャツの髭青年)、彼の結婚式の様子です。女性たちが歌って踊って祝う儀式の真っ最中。

第2の楽器として西洋クラシック楽器を教える

しかし今、私はクラシック音楽ライターをしています。大学院生時代に音楽雑誌の編集部でアルバイトを始めたことがきっかけで、楽しくなってしまってそのままその方向に進み、現在に至ります。

そこで以前から、この2つの分野をつないで計画しているプロジェクトがあります。それは、このパフォーマー・カーストの若者に、第2の楽器として、西洋クラシック楽器を教えるというものです。

それにより、パフォーマンスの幅が広がり、また、西洋クラシック楽器がインドでもっと流行した頃には、彼らはすでに教えられるようになっているかもしれない。さらに、カーストの価値観と関係のない西洋の楽器を習得することで、富裕層をはじめとする周囲のインド人から、新しい反応を得られるかもしれないという期待もあります。

貧困層の子ども向けのクラシック音楽教育プロジェクトは、世界各地ですでに行なわれています。ただ、私の企みが他のプロジェクトと異なるのは、若者たちがもともとパフォーマンスで身を立てようという意欲を持ち、なおかつ自分たちの音楽を持っていること

子どもの頃から音楽や踊りに囲まれて生きる彼らが、新しい楽器を手にしたら、どんな音楽を演奏するのか。バッハやベートーヴェンに触れた経験から、何を創造するのか。もしかすると、西洋クラシック音楽界に刺激を与えられるミュージシャンが誕生するかもしれません。

こうしたプロジェクトには必ず、彼らの伝統に西洋の価値観を押し付けている! という指摘が入ります。ですが、このコロニーのパフォーマーに限っていえば、彼らがすでに自分から新しいアイデアを取り入れてパフォーマンスを変容させているので、心配するまでもないのが実情です。今回も、楽器が手に入り習えるならやってみたいということで、動き出しました。

伝統的なストリングパペットのほかに、目が光る鳥のパペットを開発したらしい。

最近は巨大パペットのパフォーマンスも開発したらしい。

もしかするとサイズ感がわかりにくいかもしれませんが、3メートル以上あります。