――エリオット・カーター(1908-2012)の「弦楽四重奏曲第5番」は、短い曲の連なりによってできています。その凝縮された美のあり方から想像して、ウェーベルンの先に位置する作曲家として、カーターを見なしてもいいのでしょうか?

A カーターの「弦楽四重奏曲第5番」は、12の短い楽章が連動しており、実に美しい。しかし、この曲は20世紀末のものであり、ウェーベルンよりはるかに進んでいますよ。

エリオット・カーター
103年の生涯を独自のモダニズムの探究に捧げたアメリカの作曲家。アイヴズと親交を結んだのちハーヴァード大学に入学。ピストン、ホルストらに師事し修士号を取得(1932)後渡仏、エコール・ノルマル音楽院、およびプライヴェートでナディア・ブーランジェに学ぶ(32~35)。出世作となった「弦楽四重奏曲第1番」(50~51)以降、リズム、和声、旋律が緊密に交錯するテクスチュアのなかで、質朴剛健なエネルギーを伏在させ禁欲的で理知的な響きを展開する作風を確立。「二重協奏曲」(61)、「オーケストラのための協奏曲」(69)、「3つのオーケストラのための交響曲」(76)などで、空間性やテンポの重ね合わせの実験を一作ごとに深化させ、同じく影響力のあったコープランドとともに、20世紀アメリカの代表的作曲家とみなされるに至る。80年代以降はヨーロッパを主たる作品発表の場と定め、すでに手がけていた声楽曲に加え、オペラ(「What Next?」〔97~98〕)、さまざまな楽器のための小品、協奏曲を精力的に作曲。峻厳でありながら流麗、ときにユーモラスな晩年の作品群は第一線で活躍する音楽家から好意的に受け取られ、狷介孤高のモダニストとしての評価を盤石なものにした。[平野貴俊]
©Meredith Heuer

――ハリソン・バートウィッスル(1934-2022)の弦楽四重奏曲には「弦の木」という不思議なタイトルがついていますが、その意味は? この30分の神秘的な大曲には、どのような隠された物語があるのでしょうか?

A 「弦の木」はバートウィッスルの2つめの弦楽四重奏曲で、彼が1970年代と80年代初頭に住んでいたスコットランド西海岸沖のラッセイ島にインスピレーションを得ています。

何世紀にもわたるスコットランド長老派教会の禁止令により、この島に土着の音楽文化が残っていないことを知って彼は失望しましたが、いにしえの音楽の精神の残響はありました。「弦の木」で彼は、その音楽の精神を呼び出そうとしたのです。

演奏が禁止され、音楽が敵視される環境の中で、音楽はどのようにして生き延びられたのか? それは口伝に違いありません。ラッセイ島は、ゲール語の詩人、ソーリー・マクリーンの生まれ故郷でもあり、その風景はこの詩人を思い起させます。その詩「弦の木」が曲名の由来となりました。

ハリソン・バートウィッスル
アクリントン(イギリス)出身。地元の楽隊でクラリネットを始め、王立マンチェスター音楽大学(現王立ノーザン音楽大学)でクラリネットと作曲を学ぶ。1953年、アレクサンダー・ゲール、ピーター・マクスウェル・デイヴィスらと音楽家グループ「新音楽マンチェスター」を結成。引き続き王立音楽院でクラリネットを専攻したのち作曲に専念。初のオペラ「パンチとジュディ」(66~67)により成功を収め、約10年かけて作曲され86年に初演されたオペラ「オルフェウスの仮面」(73~75/81~84)で名声を確固たるものとした。エルンスト・フォン・シーメンス音楽賞(95)。神話・儀式を一貫して主要な着想の源とし、パルスや線的要素を巧みに配した演劇的な音楽を創作。ヴァレーズを思わせる鋭く暴力的な音が散りばめられた「ヴァーシズ・フォー・アンサンブルズ」(68~69)、弦楽器の息の長い旋律が叙事詩的な雰囲気を醸しだす管弦楽曲「時の勝利」(71~72)、反復音型があたかも生命を宿して音楽をダイナミックに変容・高揚させてゆくような、劇的でスリリングな展開が聴く人の耳を引きつける管弦楽曲「アース・ダンシズ」(85~86)に、とりわけその音楽の美点が現れている。[平野貴俊]
©Philip Gatward