作曲家は自分にふさわしいと思う方法で自身を表現しなければならない

――ブライアン・ファーニホウ(1943-)の音楽について説明される際に、「新しい複雑性」という概念がしばしば使われますが、一体何のための複雑性なのでしょうか? 「弦楽四重奏曲第3番」は、踊りや歌ではなく、緊迫した長い言葉のような印象を受けます。その不思議な魅力を説明していただけますか?

A 作曲家は自分にふさわしいと思う方法で自身を表現しなければなりません。多くの現代の作曲家が、異なったスタイルで作曲しています。比較的シンプルな音楽を書く作曲家もいます。

ファーニホウはしばしば、密度の濃い厳しい音楽を書きます。私たちは彼の音楽の第一人者であり、すべての弦楽四重奏曲が我々のために、ヴァイオリン作品は私のために書かれました。

現代の作曲家は、ときにダンスや歌と関連づけられないようなスタイルで書くこともあるのです。

ブライアン・ファーニホウ
コヴェントリー(イギリス)出身。バーミンガム音楽学校(現王立バーミンガム音楽院)、英国王立音楽院で学ぶ。アムステルダムでトン・デ・レーウ、バーゼルでクラウス・フーバーに師事。フライブルク音楽大学講師、のち教授(1973~86)。ダルムシュタット国際現代音楽夏期講習でも長年教えた(76~96)。70年代半ばにドイツ、フランスの音楽祭で注目され、同年代もしくは少し歳下のイギリス人作曲家たちが属した潮流「新しい複雑性」の代表格とみなされた。エルンスト・フォン・シーメンス音楽賞(2007)。64分音符や入れ子構造の連符などを過剰に詰め込んだ譜面を特徴とし、非人間的な超絶技巧が続く独奏器楽曲「タイム・アンド・モーション・スタディ」I、II(1971~77、IIはエレクトロニクスあり)と「ユニティ・カプセル」(75~76)、強靭で分厚い響きが圧倒的な管弦楽曲「地は人」(76~79)を経て、「想像の牢獄」サイクル(82~86)では音の動きと響きに潤いと滑らかさが加わった。近年の「アンブレーションズ」サイクル(2001~17)には親密さと抒情性すら宿る。アルディッティ弦楽四重奏団は弦楽四重奏曲6曲すべてを初演・録音し、その音楽の普及に大きく貢献した。[平野貴俊]
© Simon Jay Price

――ロジャー・レイノルズ(1934-)の「アリアドネの糸」は、エレクトロニクスを用いた音響によって、刺激的で興奮させられる作品になっています。「迷わないための道しるべ」を意味するとされるこのタイトルの由来は?

A この曲には、あなたが言うよりももっと深い意味が他にあるように思います。ロジャー・レイノルズは次のように語っています。

「弦楽四重奏とコンピューター・サウンドのために書かれた〈アリアドネの糸〉は、線に対する長年の関心から生まれた。仙厓義梵*やクレー、レンブラントなどの想像力を掻き立てるドローイングが、この曲で使用される音の着想源となっている。線は、連続性、指向性、屈折、強化、希薄化、気まぐれ、そして暴力さえも描写することができる。

*仙厓義梵:江戸時代の禅僧、画家

コンピューター・サウンドは、弦楽四重奏ができることの幅を広げながら、弦楽四重奏の音響を支え、増強し、それと交替し、ときにはそれと置き換わる。

ミノタウロスやディオニュソスをめぐる神話の要素が作品に反映されているが、それらが描写されているわけではない。この曲には、理性に欠けたある種の強迫観念や、一つになろうとする欲求が表現されている」と。

ロジャー・レイノルズ
デトロイト出身。ミシガン大学で基礎工学を学びエンジニアとして働くが、音楽を学ぶため同大学に戻り、フィニーとジェラールに師事。現代世界情勢研究所のフェローとして日本に滞在(1966~69)、67年には湯浅譲二、秋山邦晴とともに同時代音楽の演奏会シリーズ「クロス・トーク」を企画する。帰国直後から、設立されてまもないカリフォルニア大学サン・ディエゴ校で教えはじめ、同大学に実験音楽センターを設立、現在も教授を務める。初めは音列技法を応用したが、ケージ、カウエルに代表されるアメリカ実験主義、また武満徹、クセナキスとの交流からも触発され、エレクトロニクスも駆使しながら音楽的時間・空間性の探究を続ける。「ウィスパーズ・アウト・オヴ・タイム」(88、弦楽オーケストラ)で89年ピュリッツアー賞を受賞。サントリーホール国際作曲委嘱シリーズで作曲された交響曲「神話」(90)では、無機質で乾いた音が、刻々と微妙に変化する時間感覚を生みだすように配置され、聴く人はさながら自然現象の推移を観察するかのような感覚を得ることになる。独特の時間体験が内包する神秘性と官能性は、時代を経ても変わることなくその作品に息づいている。[平野貴俊]