先入観を持たずに聴くべし。そうすれば、音楽があなたを連れていってくれる

――オーケストラ・プログラムで演奏されるフィリップ・マヌリ(1952-)の「メランコリア・フィグーレン」は、弦楽四重奏とオーケストラという編成にどのような必然性があるのでしょうか? マヌリの緻密で内容豊かな作品を理解するためのカギになるような言葉もいただけますか?

A 私たちは彼と親密な関係にあります。マヌリは彼の4つの弦楽四重奏曲のうちの3つを私たちのために書いてくれていますし、オーケストラとの「メランコリア・フィグーレン」も書きました。

彼の音楽はとても内容が豊かで、日本の聴衆に彼の音楽を知ってもらえることを嬉しく思います。いまでは、一連の作曲家が我々のために、弦楽四重奏とオーケストラのための作品を書いてくれています。

キーワードは、「先入観を持たずに聴くべし」。そうすれば、音楽があなたを連れていってくれます。私は音楽についてあまり多くを語るのは好きではないかもしれません。音楽は聴かれるためにあるものですから。

フィリップ・マヌリ
楽器の音をコンピュータがリアルタイムに加工し発するライブ・エレクトロニクス音楽の現代における第一人者。あらゆる編成・形態に取り組み、近年はとりわけオーケストラ音楽の可能性を野心的に探究する。

フランス南西部のチュール出身。9歳のころピアノを始めると同時に作曲を試み、ピアノをピエール・サンカンに学ぶ。エコール・ノルマル音楽院でマックス・ドイチュ、パリ音楽院ではミシェル・フィリッポらに師事(1974~78)。クロード・エルフェによって初演されたピアノ曲「クリプトフォノス」(1974)が出世作となった。新しい技術に対する関心から、ピエール・バルボにコンピュータ(穿孔テープを用いた旧式のもの)による作曲を学ぶ一方、当時フランスで電子音楽を創作していた作曲家の多くが所属していたGRM(音楽研究グループ)とは距離をおく。器楽の書法に疎い彼らの音楽の素朴さに苛立ち、器楽と電子音楽の領域は分断されていると感じていたマヌリは、シュトックハウゼンがパリで行なっていた自作自演とブーレーズの論考から刺戟を受け、器楽と電子音楽を橋渡しする、高度な論理と構造をそなえた音楽を作りたいと考えた。

ブラジルで教えていたフィリッポの紹介により同国で教えた(1978~80)あと故国に戻り、4年前に創設されたIRCAMに出入りし始める。そこで最初に作曲したのが、いずれも演奏に1時間超を要する合唱、アンサンブルとテープのための「時の経過[ツァイトラウフ]」(82)、4つの声とオーケストラのための「アレフ」(85)だった。ワーグナーとマーラーを範とする彼は、その後も編成、演奏時間ともに長大な作品を生みだしてゆく。

IRCAMでは、プログラミング環境Maxの開発に取り組んでいたアメリカの数学者ミラー・パケットと協働。楽器とその音をリアルタイムで追跡するコンピュータとの相互作用を利用した、ライブ・エレクトロニクスと独奏楽器のための「ジュピター」(87/92、フルート)、「プルトン」(88/89、MIDIピアノ)を含む4部作「ソヌス・エクス・マキナ」を発表した。

器楽曲の創作が増えた1990年代を経て、2010年前後からふたたびライブ・エレクトロニクスを積極的に活用するが、この時期からはまた、ライブ・エレクトロニクスでも問題となっていた空間性の探究を推し進めてゆく。いずれもフランソワ゠グザヴィエ・ロトの指揮によって初演された「その場で[イン・シトゥ]」(2013)、「リング」(16)、俳優と合唱団をも伴う「Lab.Oratorium」(19)からなる「ケルン3部作」では、奏者のグループ化、聴衆内での分散などが試みられる。今回世界初演される「プレザンス」は、「予想」(19)に始まる、次なるオーケストラ3部作の掉尾を飾る作品である。

音楽史の古典に通じたマヌリの精緻で隙のない書法は、管弦楽曲のほかアンサンブルのための「肖像画のための断片」(1997~98)、「響きの文法」(2022)など大編成の作品でとりわけ真価を発揮し、高揚感に満ちた豊饒な音響を作りあげる。ライブ・エレクトロニクスを用いた弦楽四重奏曲第2番「テンシオ」(10)でも、知的で緻密に設計された構造が、しなやかで艶やかな音の身ぶりを生みだす。オペラでは、「シンクシュピール(思考劇)」と銘打たれた、東日本大震災とそれに続く原発事故を扱ったイェリネクの原作にもとづく「光のない。」(17)など5作を発表している。

リヨン国立高等音楽院教授(1987~97)、カリフォルニア大学サン・ディエゴ校教授(2004~12)、ヴィラ九条山レジデント(11)、ラン高等芸術院上級アカデミー教授(13~16)、コレージュ・ド・フランス年間講義「芸術創造」担当(16~17)。
作品はデュラン・サラベール・エッシグから出版されている。[平野貴俊]
©Tomoko Hidaki

――50年間も現代音楽の最前線を走り続けることのできた秘訣は? アルディッティ弦楽四重奏団のメンバーに共有される不文律があればお教えください。

A 若い頃は、現代音楽は私の趣味でした。コンサートを聴きに行き、12歳でメシアンとクセナキスに出会い、15歳でシュトックハウゼンとリゲティに出会いました。趣味を職業にできたのはとても幸運でした。

私たちのために書いてくれる多くの作曲家と、私たちが演奏することを望むプロモーターがいたので、長い間キャリアを続けることはそう難しくはありませんでした。ですから秘訣のようなものは何もありません。作曲家と私たちが満足できるように、難解なことも多い音楽を学ぶために、熱心に努力してきただけです。

不文律は、そうですね……長い間、激務を共にするのだから、お互いに仲良くする必要があります。もし意見の相違があれば、食事やワインを飲みながら、それを忘れるのがいちばんよいですね。

アルディッティ弦楽四重奏団
©Manu Theobald